恋歌。
「どうして俺はあいつに勝てないっ。」 「どれほど努力しても俺はあいつに勝つことはできないのかっ!!」
部活に出てこない三上が心配で探しに来た俺の耳に飛び込んできた親友の言葉。
いつも自信満々で、皮肉なえみを絶やさないあいつが自分の弱さを曝け出し、嘆いている。
悲しみ。失望。絶望。怒り。
選抜に落ちたことで、三上がこれほど傷ついているとは思わなかった。
何と声をかければいいのか分からず、三上とは壁一枚隔てたところで立ち尽くした。
きっと俺には声をかける資格はないのだろう。 だけど。 それでも。 親友の苦しみを共に背負いたくて。 この場を去ることができなかった。
そして静かに、いや、激情を迸らせながら聞こえてきた、普段はおとなしい彼女の声。
彼女の想いが、三上を癒すのがはっきりとわかった。
そうしてドアを開けて出てきた三上はもうすでにいつもの三上だった。 気づかれないように隣の教室に身を隠し、三上の後姿を見送る。
彼の背には悲壮感はなく、決意と、意思に満ち溢れていた。
三上の去った教室には窓の外を眺める、彼女の姿。
「」
俺の呼びかけにも振り向くことはなく、声だけで返事を返す。
「キャプテンがこんなところでサボってていいの?」
そして何がおかしいのかくすくすと笑い始めた。
「それに立ち聞きなんて感心しないわよ?」
言葉をつなぐ彼女はそれでも頑なに振り向こうとはしなかった。
「…いつから?」
自分の口から出た言葉に誰よりも俺自身が驚いてしまった。 こんなことを聞くつもりではなかったのに…。
「初めてあの人に会ったときから。 初めてあの人という存在に気づいたときから、ずっと想ってた。 けれどこの想いは誰にも伝えるつもりはなかったの。 もちろん三上にもよ」
そういって振り向いた彼女は、静かにそしてどこか淋しげに微笑んでいた。
「でも渋沢にはばれちゃったわね」 ずっと隠しておきたかったのに。 そう言って彼女は俺ではなく、ここではない、どこか遠くを見つめた。
は三上と親しい。 自然俺も彼女とは親しくなった。 だがこれまで一度もが三上のことが好きなのかもしれないと、思ったことはなかった。
「なぜ?」
俺は感情の赴くままに、彼女に問いを重ねた。
「なぜ、伝えないんだ? そうしているうちに三上に誰か好きな人ができるかもしれないぞ? それでもいいのか?」
そう言った俺をは軽く目を見開いて見つめた。 そしてさもおかしそうに笑い始めた。
「渋沢。女の子はね恋をすれば貪欲になるの。 好きな人のことは何でも知っていたくなるの。 私は恋人になることよりも、三上の友達でいて、彼の弱さや、苦しみや、嘆きを知ることを選んだわ。 きっといつか三上には恋人が出来ると思う。そのとき私は笑顔でよかったねと言うのよ。そして三上の恋愛の相談に乗るの。 もしかしたらとてもつらいことかも知れないわ。 けれどね、三上が辛いときに一緒にいれない恋人にはなりたくないの。 私は誰よりも近い場所であの人を見ていたいの。 そのために私の心が壊れてもいいと思ってる」
普段とてもおとなしい彼女が、胸の裡にこれほどまでも激しい想いを抱えているのかと驚いた。 これほど、激しく優しく三上を想っている彼女の言葉だから、三上の心に響いたのだと改めて思った。 あの言葉を言ったのは誰でも良いわけではない。 三上を理解し、弱さも何もかもを包み込むことのできる彼女にしかできないことだったのだろう。
「三上を支えてやってくれ」 俺には無理だから。
言葉に出さなかった俺の気持ちに気づいたのか、は笑いながら言った。
「一番大切なときに渋沢を支えるのは三上ではなくて、俊宇さんでしょう? それと同じだわ。 渋沢が支えてやれないと、気に病む必要はない。貴方は違う意味で三上を支えている。 それは私には決してできないこと。 ちょっとくやしいわね」
「そう‥だろうか…?」
「ええそうよ。ずっと三上を見つめていた私が言うのだから間違いはないわ。 …渋沢。そろそろ部に戻ったら?藤代君と三上を止めることができるのは渋沢だけでしょう? 早く行かないと、笠井君がかわいそうよ」
そういって辛いだろうに微笑むの強さがきっと三上を救うことだろう。
その夜。 俺は三上に相談を受けた。 曰く、「に惚れた」らしい。
彼らの間に恋の歌が奏で始められるのはもうすぐなのかもしれない。
なんでキャプテンがでてくるのでしょう? みかみんドリームだったんじゃあ…? 謎が多く残る一作です(笑) すみません。この一言に尽きます。
霽月蓮 離流 拝
俊宇 光 |