世の中に絶えて桜のなかりせば あーあ。かったりぃ。
ごめんなさい。
俊宇 光
古典の授業なんてサボりゃよかった。
つーか、四時間目になんてやるんじゃねーよ。
小野小町がどんな歌詠んでよーが俺にゃ関係ねーっての。
寝ようにもこの席って教師の視界に入んだよなぁ。一番後ろのくせして。
やっぱや渋沢みたく壁際の席が良かった。
思いながら俺の左隣、窓際の一番後ろのを見た。
腰まである黒髪を無造作に後ろでくくっている。
触ったら折れるんじゃねーかってぐらいに細い体。
たぶん、大和撫子ってこいつのことを言うんだろうなってぐらい綺麗なんだ、外見は。
口を開くとイメージ変わる。サバサバしてて姉御肌。
何よりも俺や渋沢を特別扱いしない唯一の女だ。
そんな感じで俺とは気の合う友達だ。間違っても俺は恋愛感情なんて持ってない。というか持ってたら渋沢が怖ぇよ。は渋沢の想い人だからな。中一の時から好きなんだとよ。三年も片想いしてやがって、とっとと告っちまえばいいのに
。
「私の顔になんかついてる?三上」
ヤベッ。見つめすぎたか。
ふと気づくとが俺のほうを向いていた。
「ああ…。わかった。私に惚れたんでしょ?」
バッ。お前っ。余計なこと言うんじゃねーよ。
ほらみろ。渋沢が反応してるじゃねーか。
「ハァ?誰が誰に惚れたって?お前目開けたまま夢でもみてんのか?」
「あら。違ったの?ごめんなさいねぇ。あーんなに熱い視線で見つめられてたからそうなのかと思って」
「ヘッ。お前見るぐらいなら渋沢見てた方がましだね」
「渋沢見つめてたの?やぁだ。二人ってばソーユー関係だったんだ。ヤーン。あやしー」
「ドーユーカンケーだよっ!!」
「楽しそうね。さん、三上君」
つい怒鳴っちまったら目の前でオールドヒス(古典担当教師のことだ)が青筋立ててた。
「今何の時間か分かってるのかしらね?二人とも。…さん」
「はい」
オールドヒスの指名に席を立つ。
俺のせいじゃねーけどなんか良心がうずんじまう。俺が怒鳴らなきゃこんなことにはならなかっただろうしなぁ。
「『うつつにも さもこそあらめ 夢にさへ 人めをもると みるがわびしさ』作者、成立、訳を答えなさい」
こんなんわかるかよ。マジ悪ぃ、。
に両手を合わせて謝ると。は笑ってウインクしてきた。
「作者、小野小町。平安時代初期の歌人で六歌仙の一人。訳は…『現実はそうであっても夢でも人目をはばかって会うのは物足りないことですよ』…でいいですよね?」
「え‥ええ。…よろしい。座りなさい」
オールドヒスの言葉と同時にチャイムが鳴り始めた。
「それでは、これで終わります。さん、三上くん。次回から気をつけるように」
オールドヒスが教室を出て行ったのを目の端で確かめてから、俺はに向き直った。
「相変わらずすげぇな、お前って。普通わかんねぇだろ?あんなん」
そう言うとは照れたようにはにかんだ。
「国語は得意だから。それに有名な歌だったからわかったの。それじゃなかったら答えられずにあのおばさんに嫌味をネチネチ言われてるところだったわ」
いや。それでもすげぇよ、お前。当たったのが俺じゃなくてよかった。
「」
「なーに?渋沢」
「悪いがノート貸してくれないか。ちょっと書いてないところがあるんだ」
「いいよ。でも珍しいね?渋沢がなんて。三上なんかはしょっちゅうだけど」
だからお前は余計なことを言うんじゃねーよ。こいつは嫉妬深いんだぞ。
「ありがとう。のノートはみやすいな」
「どう致しまして」
ノートに目を落としたはみるみる顔が真っ赤になった。
あ?どうしたんだ、コイツ。
「返事はいつでもいいから。…先行ってるぞ、三上」
「あ…ああ」
未だにノートを見つめたまま石化しているとさっさと教室から消えた渋沢を見比べて、俺はに近づいた。
「どうしんだ?お前」
は黙って開いていたノートを差し出した。
「あ?『世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし』?これって確かこの間習った在原業平のだよな?桜がなかったら心は平穏だったがどーのこーのってやつ」
そこにあったのは渋沢の綺麗な文字で書かれた1つの和歌。
ってことはこの場合、桜がだとして…。
「告白か?」
ふーん。ついに言ったか。
ったく。遅ぇんだよ、あいつは。
まだ固まっているをおいて、俺はいつものように屋上に向かった。
「おもしろくなりそうだよなぁ?」
なんて楽しめたのはその時だけ。
放課後の部活から渋沢の異変は起こり始めた。
心ここにあらずという感じで、奴らしくねーミス連発。
監督やコーチが俺のところに「渋沢はどうしたんだ」と聞いてくる始末。
俺じゃなくて奴に直接聞いてくれ、頼むから。
次の日も改善されるどころかさらに悪くなってやがる。
バカ代はうるせーし、笠井には責められるし…。こっちが迷惑なんだよ。
理由はわかってるんだ。の返事だろ?
「いつでもいい」なんてカッコつけたはいいが、気が気じゃない。
だからといって急かすなんてかっこ悪くてできない。ってことこだろ?
しかたねぇ、俺が一肌脱いでやるか(俺のために)
は確か毎朝図書室にいるな。
今日もいるだろうか。
いなかったらあいつ、教室でしめてやる。
「あれ?三上?なんであんたがここにいるわけ?朝練は?」
よかった。いた。
「ちょっとお前に話があってな。部活のことは気にすんな」
「話?」
「そ。渋沢のことでな」
渋沢の名前を出した途端、顔が真っ赤になりやがった。
おもしれぇ。
「まだ返事してないんだろ?お前ってあいつのことどう思ってるわけ?」
少しは考える様子を見せた。
だが次に口を開いた時には迷いのない目をしてた。
「あのね。私、渋沢や三上のこと、カッコイイって思ったことなかったの。たださ、二人ともすっごく優しいじゃない?だからもてるのは当たり前だって思ってた。それで、私、二人のことすごく尊敬してるの。好きなことがあって、夢を持ってて、そのために必死で努力できるってすごいことでしょ?だからね、恋愛感情なんて持ったことがなかった。なのに…。おかしいの、最近。渋沢のことカッコイイと思ったり、渋沢が辛いこととかあった時、その支えになりたいって思うの。他の女子に渋沢が笑いかけたりするとすごく哀しくなっちゃうの。…だけどあれからもう何日も経っちゃったじゃない?なーんか、いまさらかなぁなんて思っちゃって…」
「渋沢はお前の返事待ってるぞ。早くしてやれよ。今のお前の気持ち伝えればいいだろ」
「そっかな?」
もちろんだ。早くその気持ち伝えてくれ、俺のために。
「今日にでも伝えてやれよ。絶対だからなっ!!」
念を押してから図書室を後にする。
これでやっと俺にも平和な毎日が戻ってくるな。
ご機嫌で授業を受けるが、一時間目が終わっても二時間目が終わってもが行動する様子はねぇ。
あーもう。ついに昼休みになっちまったじゃねぇか。
いつものように屋上で食ってんだが、渋沢はボーっとしてやがるし、バカ代や笠井の視線は痛ぇし。
くそっ。イライラする。
「渋沢っ」
あ?聞こえてきたのはの声。
振り返ると、ちょっと呼吸を乱したあいつが立っていた。
「…?どうしたんだ」
「ごめん渋沢。返事遅くなって…。これが私の気持ちです」
そう言って、手に持っていた二つ折りの薄ピンク色の便箋を渡す。
「じゃーねっ」
すっげぇかわいく笑って、長い黒髪を翻して帰っていった。
バカ代も笠井も呆気に取られてやがる。
「渋沢。それなんて書いてるんだ?」
「あ…ああ。えっとな、『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに』…?どういう意味だ?これ」
「んなん知るかよ」
渋沢がその和歌の意味を知ったのはそれから一週間後のことだった。
つーか、和歌で告られたからって和歌で返事するか?普通。
お前ら馬鹿じゃねぇ?
渋沢さんドリームになってないです。
強いて言うなら「三上亮の受難」ってところかなぁ?
無駄に長いし…。
これが第一弾です。
ありがとうございました。しかもあと2作もあるのですよ!!きゃーきゃーきゃー。しょっぱなからこんなにもいただいてしまって感謝感激雨霰です。いやまじ。しかも初とのことでびっくりです。昔から小説の方はすばらしかったですが、まさかドリームもここまですばらしいとは。なんだか今まで眠っていたのがすっごくもったいないです。これからもばしばし書いてあげてください(貰う気ばりばりかよ)
今回の話は和歌を引用なさっていて、すばらしいです。普通できるもんじゃないですよ。なんか博識―ってイメージです。すげーや。いやまじ。
本当に今回はありがとうございました。まだまだ続きます。