風の中の勇者〜伝えられない想い〜
おだやかな昼下がり。
俺は“キャッスル”内の木の上で昼寝をしていた。
修行があったが、そんなものには行かない。
こんな気持ちのいい日に、修行をする奴らの気が知れない。
「ティトー」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
耳を澄まして聞いたその声は間違いなくアイツのもの。“キャッスル”史上以来稀に見る実力の持ち主。風を操り、その魔力はあまりに強大だった。しかしそのことに奢ることもなく、誰にでも平等。明るく、真っ直ぐで、皆の人気者なんてゆー変な奴。落ちこぼれの俺とは正反対な超がつく優等生である、トアの声だ。
「ティトー。いないの?おっかしいなぁ。絶対ここだと思ったのに・・・」
あまりにもトアが息を切らせているから、仕方がなく、俺は声をかけた。
「何か用か?」
トアは俺のいる木の枝を見上げて、満面の笑みになった。
「ああ・・・。そこにいたのか、よかった。・・・・ところで、下に降りて来て欲しいんだけど。上を見上げてばかりいたら、首が痛くなっちゃうよ」
その言葉についつい舌打してしまう。
それでも、あいつの方が正しいと分っているから、あいつの所へ降りた。
「何?」
俺の不機嫌な声や表情に怯えるわけでもなく、普段どおりの――いや、いつもよりかはしかめっ面か――顔で俺に言った。
「ティト。修行にはちゃんと出たほうがいい。君の師匠が探し回っていたよ」
「だから?」
「だからって・・・!!」
俺の一言にトアは言葉を詰まらせた。
こんな返事だとは考えつきもしなかったらしい。
「話がそれだけなら、とっとと帰れよ。お前は俺と違って忙しいだろ?」
くだらない。優等生の話なんか聞き飽きちまったよ。
「ちょっとそんな言い方ってないんじゃないの?トアはあんたを心配して言ってやってるんじゃないの。それが何?さっきの態度は」
また出た。
一学年の下のフィーリー。
しょっちゅうなんだかんだと言ってくるうるさい奴。
だけど・・・。ほんの少しだけど、話してると楽しい奴。
気がつくと俺は、フィーリーと話すのを楽しみにしていた。
別に”キャッスル”自体は好きでもないけど、フィーリーといることの出来るこの空間好き・・・だと思う。
「ちょっと?ティト。聞いてるの?」
「ああ?悪い。聞いてなかった」
素直に謝るとフィーリーは大袈裟にため息をついた。
「もういいっ。トア。こんな奴放っといて戻りましょ。・・・あれ?トア?」
そこで俺たちはすでにトアの姿が消えていることに気が付いた。
「もうっ。トアってば」
フィーリーがかすかにつぶやいたような気がして、俺は彼女の方に向き直った。
「なに?」
すると、フィーリーは顔を真っ赤にしながら、首をぶんぶんと音をさせて横に振った。
「なんでもなーい。・・・とりあえず戻ろうよ」
これ以上ここにいても意味はないか・・・。
俺とフィーリーは肩を並べて歩き始めた。
フィーリーと話すとき、いつもなぜか俺は心地よさを感じる。それは今まで誰にも感じたことのないものだった。
なぜかは分からないが、俺はフィーリーの側が、誰の側にいるよりも好きらしい。
そしてたぶんフィーリー自身のことも・・・。
いつからそうだったかはわからない。自分の気持ちに明確に線を引く事は出来なかった。気がつくと好きになっていたとしか言い様がない。出会いは最悪。それからは会うたびにケンカをして、あいつはただの生意気な奴でしかなかったのに・・・。
「ット。ティットー」
はっと気付くとフィーリーが横から俺を見上げていた。
「もしかしなくてもまた、私の話、まったく聞いてなかったでしょっ」
「悪い」
さっきもこんなやり取りやったよな?
すると俺の心を読んだかのようにフィーリーがつぶやいた。
「さっきも同じことやったじゃない。いい加減にしてよね」
そういって頬を膨らますフィーリーが無性にかわいかった。
「なっ・・・。ティッ。ちょっ。どっ」
フィーリーの意味のわからない言葉ではっと気が付くと、彼女は顔を真っ赤にして硬直していた。
俺の両手が彼女の頬を包んでいた。
俺は慌ててその手と視線をはずしたが、フィーリーがきょとんとした顔でこっちを見ているのが分かった。
「ティト。どうしたの?なんかさっきから変だよ。何かあったの?」
「お前はどうして”キャッスル”にいるんだ?」
何言ってるんだ・・・俺は!こんな事聞くつもりなんてなかったのに。
「・・・私はね、何かの役に立ちたかったの。誰かの笑顔のために何かできればって。
でも・・・。それって一番難しいんだよね。私はティトのように天才な訳じゃない。誰かのために何かをする力があるわけじゃない。無理だってこと、もう分かってるんだけど・・・。それでも!!って思う自分がいるんだ。頑張れば誰かを幸せにすることができるかもって。・・・・ごめーん。なんか暗くなっちゃた」
無理して笑う彼女が痛かった。けど、とても羨ましいような気もする。
どうしてフィーリーは笑ってられるんだろうか。
苦しくはないんだろうか。
「俺には良く分からない。自分が何をしたいのか。ここにいるのはやっぱりここでしたいことがあるからなのか・・・」
「無理して今すぐ答えを出すことなんてないよ。ゆっくりゆっくり考えればいい」
そういってフィーリーは静かに微笑んだ。
「皆近くにいるよ。ティトは一人なんかじゃないんだから」
ねっ?と笑う彼女に告げたい言葉があった。
けれどまだ・・・。まだ言えない。
俺はまだ見つけてはいないから。
いつかきっと君に伝えるから、俺のこの気持ちを。
だからそれまではここで一緒に生きていこう。
君との出会いや想い出がたくさん詰まってるこの“キャッスル”で――。
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