「そうだよね…。ごめん無理言って…。忘れて…」
そう言いながら、泣きそうで、それでいて気丈に笑顔を作っていた彼女の顔が、消えないんだ…。
「なんか調子悪いな、グリーン」
ジムに邪魔しに来ていたレッドが、ジム戦を終えた俺に話しかける。
「…っ…そうか?」
俺は一瞬どきりとするが、いつものそっけない答え方を返した。
「なんか迷いがあるっていうか、心ここにあらずみたいな戦い方だったぜ?」
こういうとき、彼の洞察力には頭を悩ませる。
自分のことには超鈍感なくせして。
「…そんなことはないさ」
コーヒーサーバーからポッドを引っ張り出し、愛用のマグカップに黒い液体を注いでいく。
「いや、絶対そんなことあるって!バトルに迷いが出てたぜ?何かあったのか?」
「なんにもないっ」
俺は少し強めに言葉を吐き、濃く苦くなったコーヒーを、いささか空腹の腹に流し込んだ。
「グリーンっ」
レッドは心配気に、俺を見る。
なんにもない、なんにもないさっ。
こんなくだらないことで、バトルに支障をきたすわけがない。
この俺が、こんなことで、迷うなんて…そんなこと…。
「迷いのあるバトルなんて、相手に失礼だぞ!」
「…っ」
こいつの一言に、びくりと反応する。
さっきのバトル、全力かと聞かれれば、一瞬迷う。
さっきのバトル、満足いったかと聞かれれば、一瞬迷う。
さっきのバトル、楽しかったかと聞かれれば、一瞬迷う。
たかが、付き合って1周年とか、訳の分からない記念日に、仕事で忙しかっただけで。
最初は文句を言っていた彼女も、次第に諦めたんだ。
そんな気にすることじゃ、なかったのに…。
あいつの、泣きそうな顔がちらついただけで、俺はこんなにも、心乱されてる。
「……もういい。もう終わりにしよう」
俺はマグカップを流しに乱暴に置き、上着を着て部屋を出る。
「あ、おい、ちょっ!」
レッドも慌てて立ち上がり、部屋を一緒に出た。
「おまえのせいだ。挑戦者が来たら、軽く相手しとけ」
そう無茶難題を押し付け、彼に鍵を預ける。
「あ、おい!!」
彼の呼ぶ声も聞かないまま、俺はジムを飛び出した。
彼女の泣きそうな顔が、笑顔に変わるまで、もう少し。