あたしだけ

「…っ」
ふと、夜中に目を覚ます。

豆電球だけを点けた部屋は、部屋に何があるかだけを、理解させた。

「…」
あたしは、隣に寝てるグリーンを起こさないように、ゆっくりと体を起こす。
「…3時か…」
夜でも、時間だけを確認できる時計を見れば、早起きするにはあまりにも早すぎる時間だった。
ベッドから出るのをやめたあたしは、隣に眠るグリーンの顔を覗き見る。

薄暗い中でも、良く分かるほど整った顔。
とくに手入れをしてないのに、まつげは上を向いているし、頬はすべすべだし、リップを塗ってるわけじゃないのに、唇に乾燥は見えない。
この髪はいったいどうなってるのか分からないけど、寝癖一つついてない。
まぁ、ある意味この訳の分からない形が、寝癖なのかもしれないけど。

「グリーン…」
あたしは小さく彼の名前を呼んだ。
何度呼んだって飽きることがないし、名前を呼ぶだけで、あたしだけを見てくれるなんて、最高に嬉しい距離関係だと思う。
「グリーン…」
「…っ」
再度彼の名前を呼ぶと、彼は寝返りをうつ。

しまった。
さすがに起こしたかな…。
仕事で疲れてる彼を、あまり起こしたくはなかったのだけれど…。

「…」
しばらくどきどきしながら様子を伺っていたが、どうやら起きる気配はないらしい。

良かった…。

そう思った時……

 

 

「……姉さん…」

 

 

 

 

 

彼の口から、おそらく彼の姉である、ナナミさんを呼ぶ言葉が発せられた。


寝言…だよね?

家族なんだし、夢に出てくることだって、あるだろう。
彼がその言葉を吐くことは、日常茶飯事にだったろうし…。
とりわけ、珍しい寝言ではない…。

こんなこと…今更だ。

今更だけど……。

 

 

 


「やだ…」

なんだろう。
涙が出そうになる。

今一緒にいて、今こうして一番側に居るのは、あたしなのに…。
あたしなのに…。
あたしだけなのに…。

 

 

 

 


あたしだけじゃない…。

「グリーンっ」
目尻が、じわじわと熱に侵食される。
鼻の奥がつんとして、必死に耐えようとすると、目の下の頬が痛い。
「グリーンっ…」
あぁ、涙がグリーンの頬に落ちる。

なんでだか分からない。
分からないけど悲しい。

あたしがあなただけを感じてるのに、グリーンはあたしだけを感じてるわけじゃないからかなぁ。

でもそんなの、無理なのは分かってるけど…。
そこまで、グリーンを縛ることなんかできない。

分かってる。
分かってるけど。
でも、やっぱり悲しい。

「グリーンっ」
苦しげに、涙声で彼の名前を呼べば、
「ブルー?…どうした?」
さすがに目を覚ましたグリーンが、慌てたようにあたしの頬に触れて、涙を拭ってくれた。
「…っ…好き…好き……好きなの…」
そっとキスをする。
「…っ…ほんと、どうした?」
彼は優しく、あたしの髪を撫でた。
「…他の女の人の名前なんか…呼ばないでっ」
苦しげに言葉を吐く。

そう言ったところで、どうなるわけでもないし、寝てる時の言葉まで、意識できないのは分かってるけど…。
それでも、嫌なものは嫌なんだ…。

「はぁ?」
彼は案の定、訳が分からないという顔を、あたしに向ける。

夢のことまで、責任もてないものね。

「…っ」
それでもあたしは、泣き止むことができないまま、ぎゅうっと彼の胸に顔を埋めてしまう。
「別の女って、イエローかクリスか?」
それともカスミかエリカか…と、彼の近しい女性の名前が挙げられていく。
それなりに関わりがある人間なら、前の日の意識一つで、夢に登場する率は上がるだろう。
「…違う」
あたしは一生懸命涙を抑えようと、鼻水を啜る。
「他に誰だよ」
グリーンにとっては、名前を呼びそうな人は、それくらいしか思いつかないのね。


「……ナナミさん」
あたしはぼそりと呟く。

ある意味、一番勝てなくて、そしてよりグリーンに近い女の人だ。

「…はぁ?」
彼は、訝しげな表情を浮かべた。
「姉さんって、ずっと言ってた…」
そんなには言ってないけど。
「………そういや、姉さんにずっと何かしら食べさせられる夢を見てた気がする…」
彼は吐き出しそうなのか、口元を抑えた。

つまり、「姉さんもう食えないよ」って、そんなところなのだろうか…?

「つーかおまえ、夢くらいで泣くな」
そう言いながら、彼はあたしの頬に流れた涙を拭う。
「だってぇ」
なんだかすごく悔しかったんだもの。
あたしは一番、あなただけを感じてるのに、あなたはあたしじゃない誰かを感じてるんだもの。
「ったく…」
彼は苦笑をしながら、あたしを優しく抱きしめた。

このぬくもりを知ってるのは、あたしだけでいい。
この優しさを知ってるのは、あたしだけでいい。
あなたを知ってるのは、あなたを愛してるのは……

 

 

あなたに愛されるのは、あたしだけでいいの…。

「…っ」
優しいキスに絆される。
そのぬくもりに、声に、言葉に、愛に、あなた全てに、あたしは幸せを感じられる。
あなたもそうであればいいのに…。

「好きよ」
あなただけに送る、あたしだけの愛の形。

 

どうか、あたしだけで…。

2010年1月4日&9月16日 Fin


あとがき
新年早々に書いた話がこれか。こえーなぁもう。姉さんの愛の深さというか、暗さというか、狂気的さがものものしい物語になりました(笑)これを書いてる電車の中で、目の前でDSを取り合っていちゃいちゃしてるバカップルがいて、俺にどうしろと?とか思いました。別で思いついた話なので路線変更はできないし。どうしろと?思わず目の前でいちゃつくなと口パクで言ったら収まったのは、聞こえちゃったんですかね?(笑)そんなシビアな場所で書いてた、狂気的な姉さんの愛のお話でした。兄さんだって、その愛をしょうがないなぁと受け入れられてる時点で、十分狂気的なのですよ(笑)