あたしが欲しいモノ 「あぁ、これもいいなぁ。こっちも欲しい。あれも欲しいなぁ」 「………え?」 「今なら、金も地位も安全も保障できるが?」 なんですって? 「……まぁ、なんてな」 「あ、そうだ!」 あたしが欲しいのはお金持ちなあなたじゃない。 あたしが欲しいのは、今、ここにこうして、あたしを膝の上に乗せたまま、顔を赤らめているだけのこの人が欲しいの。 「あなた以外、何もいらないわ」 あたしが欲しいモノは、ただ一つ。 2005年7月11日 Fin
あほですね。いや、あほなんですが。バイトに行くときだったか、学校に行くときだったかで、こう坂を上った瞬間に、「兄さんってじつはすごい経歴になるんだなぁ」って思って、これじゃお金も困らないし、名声も地位も困らないなぁとか考えて、その奥さんになれたら、お金のない姉さんには玉の輿じゃないか〜みたいに思ったのがきっかけ。でも姉さんは、兄さんをそういう自分のために利用するっていうのがすごく嫌なので、「あたしが欲しいのはあなただけ」って言う風に強調しました。っていうか、おじいちゃんとか、おやとかが有名だと、どうしても自分もしっかりしていなくてはいけないとか、その人と比べられても、恥ずかしくないような人間でなくてはならないと思っていがちな気がします。でもそういう人って、やっぱり疲れるし、周りからよってくる奴がみんな自分のそういう肩書きを利用しようとしてるんじゃないかとか疑ってしまいがちな気がするんですよね。だから、姉さんは、そんなあんたの肩書きなんかよりも、あたしはなんにもない、あんた自身が大好きだよぉっていう意味をこめて最後はしめました。兄さん、あんたは愛されてるぞぉ!(笑)
「……ブルー」
彼のあきれた声が、後ろから聞こえてくる。
「でもお金ないのよねぇ。バイトしなきゃかなぁ?」
そのまま後ろに寄りかかり、首だけを後ろにひねって彼を見た。
「…ブルー、雑誌読むなら俺の上からどいてくれ」
はぁと彼が大きくため息をつく。
「いや」
あたしは雑誌を放り投げて、方向を変えてグリーンに抱きついた。
「…ブルーっ!?」
彼の声が上ずる。
「グリーンはいいよねぇ」
じっと彼を見上げれば、そこにはおもしろい、真っ赤な顔。
「……何がだ…」
彼はあきらめたように表情をして頬杖をつき、視線をそらした。
「だってさ、この年にして、こんな安定した職業に就いてる人なんて早々いないわよ?しかも、このままジムリーダー続けられなくなってもさ、親の七光りでオーキド博士の後継げるじゃない?もしそれが駄目でも、ナナミさんの仕事の手伝いできるし、まぁ最悪マサキに後押ししてもらえるわけじゃない。先が保障されてるのよ?羨ましいなぁって思ってさ」
あたしにはなんのバックアップもないし。
今だって親の仕送りでなんとか生活してる感じで、バイトしなきゃ、好きな服も買えやしないんだから。
親が見つからなかったころ、あたしよく生きてたなぁ。
「たとえ最悪の事態になろうとも、あんな馬鹿男の世話にはならん」
彼がむっと表情を変える。
「あはははお義兄さんを馬鹿男なんて呼んじゃ駄目よ?」
名前すら呼んでもらえないのね、マサキは。
「ふんっ。あんなやつ義兄とは認めん」
あ、眉間のしわが濃くなった。
「まぁでもさ、グリーンにはいっぱいバックアップがあるじゃない?しかもそれに頼らなくても生きていけるだけの力もあるわけだし」
レッドみたいに、大会のタイトルを総なめにするくらいの強さはあるのだ。
このままジムリーダーをやめたって、食に困ることは一切ないだろう。
あたしにはなんもないからさ、羨ましいなぁって。
「そんなに言うなら、俺のとこにでも来るか?」
彼がしれっといつもと同じ顔であたしに言った。
なんだって?
今この人、しれっと何言いました?
まるで、もらい物のお菓子があるんだが来るか?とでも聞かれたような気分になったじゃないか。
彼が苦笑して言った。
なんですって!?
なんですってぇええ?!
あまりにも間を空けすぎたせいか、苦笑して、彼が視線を背けた。
「えっ!?ちょっ!ほんと!?まじ!?今すぐ行きたい!!」
今すぐ嫁に行きたいです。
「今かよ!?」
おい!!と彼が突っ込む。
「だっていいじゃない。あたし達もう18なわけだし、ぜんぜんOKでしょ!問題ないでしょ!」
男性が結婚できるのは18歳からだ。
ほーら問題ない!
「いや、たしかに年の問題はないが、いきなりかよ」
おいおいと彼があせる。
「やっぱり結婚式はウェディングドレスよね!」
「いきなりそこかよ!?」
「あ、白無垢のがいい?」
「そういう問題じゃない!!」
「オーキド博士にはなんて言おうか?あぁ、ナナミさんがあたしのお姉さんになるのね。わーいなんかうれしいかも」
「なんでそこまで話が飛ぶんだ」
「あ、そうだ指輪買ってよ指輪ぁ」
「はいはいはいはい、勝手にしろ」
あ、あきらめた。
まぁ、半分以上冗談だけど(でも半分以下は冗談じゃないんだ)
一通り彼をからかった後、思い出したように顔を上げる。
「…今度は何だ」
彼はうんざりした表情をあたしに向けた。
「…あたし、お金も地位も安全もいらないからね?」
「は?」
さっきあなたは、「今なら、金も地位も安全も保障できるぜ?」と言った。
たしかに職に困ることのないあなたなら、お金の心配はいらないだろう。
オーキド博士の孫というだけでも名声があって、今はトキワジムジムリーダーだ。
過去の栄光だが、ポケモンリーグ2位の実力がある。
そんな人の奥さんになれれば、確かに地位も得られるだろう。
このまま平々凡々に生きていけば確かに安全も保障される。
けれど、あたしはそんなものが欲しいんじゃない…。
「だってあたしが欲しいのは、グリーン自身だから」
「…っ!?」
彼の顔が真っ赤に染まっていく。
オーキド博士の孫としてのあなたじゃない。
トキワジムリーダーとしてのあなたじゃない。
バトルが強いあなたじゃない。
あなたがいてくれるなら、他には何もいらない。
「…あほ」
彼は真っ赤な顔を隠すように、あたしを腕の中に閉じ込めた。
あたしが欲しい者は、この人だけ。
あとがき