「好きな人には、常に触れていたいし、触れられていたいものよ?」

彼女は、俺が『人前だからやめろ』と、腕や体にひっついてくるのをはがそうとするときに、そう言いだす。

そんなもんなんだろうか…。

なんて、人前ででは恥ずかしさしか感じていない俺には、そう思えてしまうのだが…。

 

触れたい理由

 

「…」
彼女と、誰もいない道を歩く。
冬というにはコートを着るほどでもなく、だからと言って薄着で歩けるほど温かくなくなった今日このごろ。
そんな日のそんな場所を、俺は彼女と、前後にある程度の距離をあけて、歩いていた。

彼女が、俺の少し前を歩き、俺がその後ろを歩く。
俺の歩みが遅いのではなく、彼女の歩みがいつもより早いのだ。
そうは言っても、俺も彼女と歩くようになってから、普通に歩く時ですら、遅くなったような気はするが…。

それはさておき、なぜ彼女の歩みが早いのか。
いつもは誰がいようと、そこがどこだろうと、かまわず俺の腕に抱きつき、俺の隣を歩く。
そんな彼女が、今少し前を歩いているのは、俺が待ち合わせに遅刻したからだった。

遅刻とは言っても、実際に時間に遅れて到着したわけではない。
早めに着いていた俺は、近くの本屋で立ち読みをし、思わず気になる記事を読み入ってしまったのだ。
はっと気づいたときには、彼女が俺の後ろですごいオーラを漂わせていた…。
つまり、遅刻という、時間に遅れて到着するという事実よりも、若干最悪な形での待ち合わせになってしまったのである。
待ち合わせ場所から見える位置にある本屋の、見える位置にあるコーナーにいたのが幸いしたところだろう…。

と、言い訳はいろいろしてみるが、まぁもちろんしっかり謝りはしている…。
謝ったには謝ったが、聞き入れてくれるわけもなかった……。

「はぁ」
思わずため息が出る。

彼女はすたすたと、ヒールの高いブーツで先を歩く。
よくあんな高い靴で早歩きができるもんだ。

歩くたびに、彼女の長い髪が吹きすさぶ風に舞っていく。
さらさらと、彼女の髪は、俺の方に届きそうで届かない。
俺との距離は、そんな微妙な距離…。

「…」
俺は思わず手を伸ばす。
その届きそうで、届かない、そんな距離を、縮めるように。
そっと…

そっと手を伸ばして…

 

 

そして…

 

 

 

「いたっ!」


しまった。
掴んだ。


手を伸ばした瞬間、風が髪をなびかせる。
そして風がやめば、髪は彼女の方へと戻っていく。
その髪の毛を一房、俺が思わず伸ばした手が、無意識に掴んでいた。
まるで、これ以上離れないように、彼女を、捕まえるように。

「なんなのよ!!」
彼女が怒りながら振り返る。

ごもっともだ…。

「あ…え…いや…あの」
俺と彼女の距離が縮まる。
「…何!」
彼女は睨むような目で、俺を見上げていた。
「…その…えと…ひっかかった…んだ…」

あほか…。
なんで俺言い訳してるんだ。

「じゃあなんで掴んでんのよ!」

俺の手は、今だ彼女の髪を掴んでいる。
しかも一房だ。
ひっかかったなどという言い訳では説明がつかない、そんな状況である。

「いや…それは…」
言い訳をしたからには、もっとうまく立ち回ればいいのに。

うるさい協会の連中や、大人達、馬鹿なレッドには、いくらでも丸めこめるほどのボキャブラリーが、俺の頭には詰まってるはずなのに。
こいつを前にすると、嘘の一つもうまくつけない。
むしろ、頭が回らなくなる。
無意識的にこうして、彼女の髪を掴んだように…。

 

『好きな人には、常に触れていたいし、触れられていたいものよ?』


彼女の言い訳が反芻される。

あぁそうか…。

 

 

 

 


好きだからか…。

 

 

 

 

 

「悪かったよ…。今日はなんでも付き合ってやるから、いい加減機嫌を直せ…」
俺は、自分では最大限の優しい表情をしたつもりで、髪の毛を離した手で、彼女の頭を優しく撫でてやる。
「ほんとに?」
彼女は少し唇を尖らせながら俺を疑うように見つめた。
「あぁ」
俺は彼女の乱れた髪の毛を直すように、優しく梳いていく。
「絶対よ!」
彼女はじっと俺を見上げながら念押しした。
「あぁ」
俺はこの後、どんなことに付き合わされるかも分からないのに、そう簡単に答えてしまう。
「しょうがないなぁ」
そう彼女は言いながらも、一瞬嬉しそうに微笑んだのを、俺は見逃さなかった。

そうして、1歩歩き出す。
今度はしっかりと俺の隣を歩き、俺の腕に抱きつく彼女と共に…。

2009年12月6日&2010年7月1日 Fin


あとがき
とらドラ5巻読んでたらきました。萌えたぜ!でもなんでこうなった出来ですが、いつも適当にしか考えないのでだめですね(笑)まぁ兄さんが好きなのを再確認する、そんな話です。
この後えれーめに付き合わされて、自分の言動を軽く後悔するであろうグリーンですが、嬉しそうに微笑んだ顔を思い出しては仕方ないと思ってしまうほど、彼はきっと好きなんですよ(笑)はぁってため息つきながら頭撫でるんですよ!兄さんのあほ!!!(ええ)たまにはこういう兄さんの馬鹿さ加減を前面に出した物語も楽しいです。何考えてるか分からないキャラはいじりがいがありますよね(笑)何考えてるか分からない人ってある意味本能に忠実な気がしてさ(笑)兄さんは姉さんを求めている。そんなとこだ(笑)ってかいつも求められてばっかりいると、それがなくなった途端に不安になるからね。姉さん、いい具合に兄さんの気持ちを傾けさせてますぜい(笑)