ソウヤ小説「仮面」
 

 

仮面

クルシイ…。
クルシイ…。
クルシイ…。

いつからだろう、こんなに、息苦しくなったのは…。
重いものを背負って、走っているような息苦しさ…。
胸に落ちた鉛が、呼吸をするのを邪魔しているようで…。

クルシイ…。
クルシイ…。
クルシイ…。

 

 

 

 

 

「ソウちゃん!」
この声、この呼び方、このテンション。
絶対忘れることはない、母さんの声…。
「……なぁに…母さん…」
オレは、少し口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと振り返った。
「……」
すると、母さんは不思議そうな表情を浮かべ、オレを見上げてくる。
「…何?」

何なのだろう…。
いきなり呼んでおいて、何を言うわけでもなく、むしろ振り返ったことに驚いたような表情でじっと見られている。
呼んだのは、母さんなのに…。
「…ソウヤ、そこに座りなさい」
いぶかしげな顔をして、母さんの顔を見返していたら、急に真剣な顔をされる。
あげく、名前の呼び方まで変わっていて…。
「え?ここに?」
床ですけど、ここに座るんですか?
「そう、そこに座って」

本当にいったい何なのだ?
オレはいつものように呼ばれたから、いつものように返事をして、いつものように振り返っただけなのに。
何かまずかっただろうか。

「……」
オレは渋々床に座る。
「母さんの話聞くときは正座!!」
「はいっ」
オレはびくりと体を震わせ、慌てて正座で座り直した。

本当になんだろう…。
オレはいったい何をしたんだ?
こんな床に正座をさせられて、何かを言われるようなことをしただろうか…。
頭の動きをフル回転させても、そう簡単には思い浮かんでこない…。
本当にいったい、なんなのだろう…。

「…ソウヤ」
「はいっ」
母さんはまじめな声でオレを呼びながら、ゆっくりとオレの前に腰を下ろす。
「…」
それからじーっとオレを見つめ、顔を固定するように両頬に手を添えた。
「か、母さん?」
なんで、そんなじっとオレの顔を見るの?
「…」
しかも無言で。あげくいつものおちゃらけた顔とはぜんぜん違う、まじめな顔で…。
「な、何かボクの顔についてる?」
オレはたじろぎながら、そう聞いてみる。
「…うん、ついてる…」
「え」
朝起きて鏡は見たはずだけど、何だろう…。
「…重そうな仮面が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、目を見開いて驚いた。
胸の鉛が、さらに重くなった気がして…。

 

 

 

「…男の子にはね、それなりに影があった方がかっこいいと思ったのよ!」
「…へ?」
あ、あれ?か、母さん?何の話?
「だから、本音を隠して、多少のネコかぶりはいいかなぁって思ったんだけど…ここまで仮面かぶっちゃうのもなぁ」
そう言って、俺の顔を抑えていた手を離した。

気づかれた?
いや、そんなはずはない。
普通に接してたはずだ。
まして、親の前で、仮面をかぶったつもりなんか…なかったのに…。

「まぁ、あたしもグリーンも忙しかったし、ソウヤは子供のときからしっかりしてたから、だいぶ放任主義だったんだよね…。しっかりしてたのは、そうやって仮面を重ねてたからなのにね…」
固定するわけではなく、ただそっと、頬に触れるように手を添えられた。
「この世界は、10歳から自分一人で旅に出られる世界。大人を頼らず、ポケモン達と世界中を回ることができる世界。そんな中で、子供だけで世界を回るのに、子供のうちからしっかりしてるっていう仮面をつけてるのは、いいことだと思ってた。それに、男の影はかっこいいと思ったから、多少の仮面は身につけてても損はないかなって思ってたのよ…」
「…」
母さん、まじめな話なのか冗談なのかどっちなの?
「…仮面をかぶることは、この世界で生きていくのに必要なことよ。揉め事を起こさず、事を穏便にすませて、自分に危害が及ばず、ただ平和に生きるためには必要な手段だと思う。でもね、仮面はかぶりすぎては駄目。人一人に態度を変えて、顔を変えて、性格を変えて。そうやって、どんどん仮面をかぶっていくうちに、本当の自分が分からなくなっていくの…。本音が分からなくなっていく。どうしたらいいか分からなくなっていく。そのうち苦しくなって、逃げ出したいのに、どこに逃げればいいのか分からなくなっていく」
まるで、オレがしてきたことを、全部知られてるんじゃないかっていう錯覚を覚える言葉たち。
心臓が無駄に鳴って、緊張してきた。
「…あたしも昔そうだった。どうすれば一番最良か考えて、どうしたら問題なく生きていけるのかってばっかり考えたら、仮面ばっかりかぶってた。そうしてる間に、本当の自分が分からなくなって、本当の自分を知ることが怖くなって、その恐怖と向き合いたくないから、どんどん仮面を増やす。そうやってどんどん泥沼にはまって、最後には何も分からなくなってしまう…」
母さんの顔が、悲しみに崩れる。
母さんは一度、そこまで落ちてしまったことが、あるのだろうか…。
「…昔の自分はってことは…今は?」
今ももしかして、仮面をかぶり続けてるの?
オレもいつか、そうなるのか?
「…あたしも、本当の自分を知るのは怖かった。本当の自分は、誰にも受け入れてもらえないんじゃないかって、怖くなって、仮面をかぶって付き合ってた人全部が、本当のあたしを拒絶するんじゃないかって、怖かった…。でも、グリーンはあたしを受け入れてくれたの。本当のあたしを見つけ出して、手を差し伸べてくれた。全部をひっくるめて、好きだって、言ってくれたの…」
母さんは、さっきの悲しそうな顔が嘘のように、幸せそうに笑顔を浮かべる。
そうか、今の母さんがあるのは、父さんのおかげなんだな…。
「……なんで、オレが仮面かぶってるって分かったの?」
俺は、困ったように苦笑する。
「…あら、かっわいい息子のことを、分からないわけないじゃないっ!あたしを甘くみないでね?」
語尾にハートマークがつきそうなほど、にっこり笑顔でそう言われてしまった。
「やっぱり、母さんには敵わないな…」
さすがオレの母さんだって、思うことはいっぱいあったけど、やっぱり超えられない…。
「……でも、オレには、父さんみたいな人は現れないよ」
母さんは、父さんに受け入れてもらうことで、救われた…。
でも、オレにはそんな人はいない…。
「あら、そうなって欲しい人はいるくせに」
ほんとなんでもお見通しなんだなぁ。
「……でも、そいつが本当のオレを、受け止めてくれるかは分からないよ…」

もう隠しても無駄だと思うと、ぼろぼろ言葉がこぼれていく。
あぁ、オレって、こんなにも弱いんだな…。
仮面っていう武装がなければ、ただの一人の、情けない男だ…。

「……あたしの息子らしからぬ発言ね」
「え?」
俺はゆっくりと、母さんを見上げる。
「あたしの息子なら、受け止めないなら、受け止めさせてやるくらいしなさいっ。やらないうちから諦める子に育てた覚えはなくてよ?」
「……」

無茶苦茶な。
受け止めさせてやるって、そんなことできるわけ…。

「本当のあたしを見つけてくれたのはグリーンだけど、そんなあたしを好きにならせたのはこのあたしよ?」
「…」

そうだ、この人はそう言う人だ。
ないなら作ろう。手に入らないものは、意地でも手に入れる。
そういう人だ。

あぁ、本当に敵わない…。

「こんなあたしの息子なんだから、そんなことくらい、できるわよっ」

無茶苦茶なことを言っているのに、なんでそんな、妙な説得力があるんだろう。

「……そう…だね…」
おかしくて、笑いがこみ上げた。

 

苦しさが、溶けていく。
胸の鉛が小さくなって、息がしやすくなる。

大きく深呼吸したら、重いものが少し、軽くなった気がした…。

 

 

 

 

「おまえはまた、なんつー助言をしてるんだ」
父さんが呆れてため息をつく。
「あら、あたしの経験論を語ったまでよ?」
っていうか盗み聞きなんて、趣味悪いわね…と母さんはくすくす笑った。
「経験論って…っ!?」
「…または、成功例とも言う」
父さんにキスをした母さんが、してやったりな笑顔を浮かべる。
「…あほ」
そう言いながらも、優しく頭を撫でるのだから、成功例だよな…。

 

2008年1月12日 Fin


あとがき

無駄に長くてすいません。ちょっとシリアステイストなお話しになりました。本当は、ブルーが話してる横で、ソウヤがグリーンに「そうだったの?」みたいな真意を確かめようと語りかけたりする話もあったのですが、グリーンが逃げたので(え)こんな話になりました。本当はもう少しギャグテイストの話だったんですけどね。気づけばシリアス要素のが強いお話しになりました。きっとこの後からルリちゃんの苦労はさらに大変なことになっていくんじゃないかなぁって思います(笑)ご愁傷様(え)
この話、姉さんの経験論として語ってますが、ぶっちゃけ自分の経験だったりもします(笑)高校までひたすらに仮面をかぶって生きてきた自分。あの頃は声まで違いました(笑)一人ひとりの相手に、声も顔も、性格も態度も全部変えて接する。まぁ決して平和には生きてこれませんでしたが(笑)あまり仮面をかぶった意味はなかったのに、一度かぶるとなかなか抜け出せない。その仮面の自分と付き合ってる友達が、仮面をはずした途端に離れていくのではないかと思う恐怖。でも、その頃は、はずすつもりなんかなかったから、恐怖に思わないんです。仮面の意味を知ったとき、仮面をかぶる意味が分からなくなったとき、その不安と恐怖は訪れます。まぁあたしはまぁいいやとどうでもいい精神で流しましたが、彼はきっと、無駄に子供の頃から自分を押さえ込むのに長けていた分、自分を出すという方向に不慣れだと思いたい。だから仮面をかぶり続けるのに疲れたとき、不安と恐怖に苛まれ、こんな状況になったんじゃないかなぁってことで。ブルーは、そうなってしまいそうだったときにグリーンに、「おまえ、そんな顔してて疲れないか?」と言われ、「あぁ、この人なら、本当の自分を好きになってくれるかなぁ」と思い、好きにならせよう!と本音でぶつかったって感じです。その経験論から、息子を助けたお話しでした。ルリに対しては素をぶつけつつ、それを受け入れてもらえるかもらえないかというところで右往左往してる感じ(笑)イメージは15歳以上、19歳未満な感じです。もう少し大人になれば、完全に落ち着いて、きっとルリちゃんにも優しくなると思います(笑)頑張れソウヤ!(勝手設定すいません)