グリブル小説「また」
 

 

また

 

「おまえさ、なんでそんな毎日毎日好きだ好きだ言えんの?」
ここはジム。
邪魔をしに来たのだが、暇をもてあました俺たちは、お茶を啜りながらくだらない会話を繰り返していた。
「好きだから」
「いや、好きだからって、そんな毎日毎日100回くらい言ったりはしないだろう…」
俺だってイエローは好きだけど、あんな毎日毎日、数え切れないほど好きだと伝えたことはない。
「そんな一日に100回も言ってないよぉ」
彼女は苦笑しながら、ティーカップをかちゃりと置く。
「物の例えだ。数え切れないくらい言ってるように見えるから」
「まぁ、言いたいだけ言いまくってはいるわね」
彼女は、再度紅茶の入ったカップを持ち上げて、口まで運ぶ。
「…だから、なんでそんないっぱい言うのかってのが疑問なんだよ」
俺も紅茶の入ったカップを、持ち上げた。

「…レッドはさ…」
しばらく間があき、かちゃりとカップを置いた音が、沈黙を壊す。
「今まで普通にできたことが、もうできないんだって、思ったことある?」
彼女は俺を見ずに、残りが少なくなったカップの中の紅茶を見つめた。
「え?」
俺もカップを、皿の上に置く。
「…レッド、氷付けにされたり、石になったりしたことあるから、思ったことあるかな?いや、でもいきなりそうなると、そんなこと考えてる暇もないか…」
あたしも石になったときは、何も考えられなかったし。と、彼女はくすくす笑った。
「…それに、レッドなら、そうは思わないかな…」
前向きだし、諦める前に精一杯努力するタイプだもんね。と、彼女は俺に無理矢理な笑みを見せた。
「…おまえは…あるのか?」
今まで普通にできたことが、もうできないと、そう思ったことがあるのか?
「…」
彼女は答えなかった。
「…」
俺も、何も言わなかった。
「あたしね、パパと次のお休みに、遊園地に行く約束をしていたの」
しばらくして、彼女は脈略のないような話をしだす。
「その日は、あたしの大好きな料理を、ママが夕飯に出してくれるって言ってて、友達と遊んでたあたしは、その友達に、また明日ね!って、そう言って家に帰ったの…」
「…」
繋がらない話をする彼女。
まるで、昔見たドラマの話を、転々と懐かしがりながら説明するような。
「でも、その約束も、その願いも、そのいつもと変わらない別れの言葉も、全て叶わなかった」
「……っ」
俺はそこで、彼女は自分の過去を、あの、攫われたときの過去を、話してるのだと理解した。
「…もっとたくさん、やりたいこといっぱいあって、言いたいことが、いっぱいあって…。でも、明日も会えるから、明日があるから、いつかやれればいいや。いつか、そのうち、やればいいや。そう考えて、いろんなものを後回しにして、軽く約束をして、また会えるだろうと、普通に『またね』って、友達と別れた」
彼女はカップのふちを、指でなぞる。
「もうそれができないんだって思ったとき、後悔しか残らなかった…」

仮面の男に連れ去られて、次の日、普通に会えると思った友達とは、二度と会えなくなって、パパとの約束は果たせず、ママの料理はもう食べれない。
その普通の生活だからこそできたこと、願い、したかったこと、言いたかったこと。
それら全てが、あの出来事により、もうできないものに、変わってしまったんだ…。

「でもそんなの、今こうして普通に戻れたのだから、なんでもすればいいんだけどね。ただあの頃の友達は、どこへ行ったか分からないし、いまさらパパと、遊園地に行くような年でもないし。ママの手料理は、いっぱい食べれたけど、あのときしたかったこと、あのときにしかできなかったこと、あのときにしか感じられなかったことは、もうできない」
ふちをなぞる指を止める。
「…」
俺は、言える言葉が見つからなかった。
「…でもね、あんまり覚えてないの。当時は、あーしたかったとか、こーしたかったとか、いろんな後悔が渦巻いてたけど、今考えると、何をそんなにしたかったのか、何がそんなに言いたかったのか、あんまり思い出せなくて。思い出せないくらいだから、どうでも良かったのかなぁって思う。ほら、子供のときって、大人から見るとくだらないことしてること多いじゃん?」

大人になった今では、子供のときにしてたことなんて、なんでしたんだろうって、分からなくなることはある。
たぶん、そういうことなんだ…。

「…」
俺も、昔を少し思い出した。

確かに、くだらないことしかしてなかったなぁ。
でも、あの当時は、それが最大におもしろくて、楽しい出来事だったんだ…。
でももうそれを、今の自分じゃ、感じることはできない…。

「…まぁでも、何がそんなにしたかったのか分からないのに、後悔ばっかりは、心に残るんだよね…」

訳の分からない後悔。
訳の分からない感情こそ、苦しいものはない。

「…だから、あのときみたいに、これ以上後悔を増やさないように、あたしは思ったことを必ずするの。明日できるからいいやって、絶対明日には残さない。約束もしないし、また今度ねって別れない。必ず、「じゃーね」って、「ばいばい」って別れるの。いつ、あのときと同じ状況がおきるか分からないから。絶対おきないなんて、分からないから。いつそうなっても、後悔だけはしないように、やれることは、その日のうちにやりきって、伝えたいことは、すぐに伝える。別れるときは、必ず最後だと思って別れるの」
悲しそうな顔をしてると思ったのに、彼女は深い蒼い瞳で、俺を射抜いた。

あぁ、だからおまえは、「約束」は絶対しないんだな。
思い出してみると、あいつは必ず「じゃーね」と、家へ帰っていった気がする。

「…だから、グリーンに毎回好きだって言い続けるのか?」
いつ、離れてしまっても、あのときの後悔を繰り返さないために。
「…うん。いつ伝えられなくなるか分からないから。伝えられるときに、伝えられるだけ伝えるの…」
彼女の笑顔が、胸に突き刺さった。
「…そんな…っ」
「きゃっ!?」
俺が言葉を言おうとすると、いきなり現れたグリーンが、彼女を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「…」
グリーンは何も言わず、ただ彼女を抱きしめていた…。
「…グリーン?…どうしたの?……って、今の話聞いてたの?」
ジムの仕事をしていて、この場所にはいなかったグリーン。
いつから聞いていたのだろうか。
「…たとえ、おまえが連れ去られたとしても、俺は探し続けるよ。ずっと、ずっと…どこまでも…」
グリーンは、彼女を抱きしめる腕に、力をこめる。
「…っ」
彼女の瞳が、驚きに見開かれた。
「ブルー」
グリーンの方を向いている彼女の手を掴み、彼女の名前を呼ぶ。
「え?」
「…俺も、俺も探すよ…。俺だけじゃない、シルバーや、ゴールド。イエローやクリスだって、絶対おまえを、探すから…。どんなに奪われても、俺たちが必ず、取り返すから…。だから、そんな毎日、終わりだなんて思うなよ…」
そんなの、あまりにも悲しすぎる。
毎日が別れで…毎日が、全ての終わりだなんて。
「…」
彼女は何も答えない。
「…今度の休み、みんなで遊園地行こうぜ!あと、おまえの好きな料理、今度俺が作ってやるよ!あ、クリスが作った方がうまいかな…。まぁ、とにかく、明日も明後日も、これからずーーーっと、会えるから。やりたいこと、なんだってできるし、言いたいこと、俺らはなんでも、いつでも聞くからさっ!」
ぎゅっと手を握り、笑顔を見せる。
嘘じゃない、必ず、必ず守ってみせるから…。
「…好きだ」
グリーンが、いきなりそう囁く。
「っ!?」
「…ずっと、ずっと、好きだから…。ずっと…一緒にいる……。必ずだ……約束する」
言葉足らずの、グリーンの精一杯の言葉。
「…俺たち、友達だろ?」
こんなこと、あたりまえなんだからな。
おまえを、大切に思ってる人間なら、あたりまえなんだ。
「…うん…」
うつむいた彼女が、小さく呟く。
「…うん…」
声が震えて…
「…ありがとうっ」
震える彼女を、グリーンが優しく抱きしめた。

その日彼女は、「また明日ね!」と、笑顔で家に帰っていった。

 

2008年1月21日&2月19日 Fin


あとがき

「すずめの涙」の小説を読んで、管理人さまとお話して、しばらくしてから思いついたお話でした。なんかグリブルにはレッドが必要不可欠なんだって話をされて、「あぁ、そうかもしれないなぁ」と脳内でよぎったものだから。それからダーリンと約束をしないとか、そういう話を繰り返してるうちに、あぁ姉さんが約束しないのも、姉さんが好きだといい続けるのも、こういう理由があるからじゃないのかなぁって、なんとなくそう思うようになりました。それゆえにできたこのお話。だいぶシリアスチックなお話になりましたが、いかがでしたでしょうか?結局自分でも何を言いたかったのかいまいち伝え切れてない部分も多々あるものの、これはこれでこういう形として、姉さんの過去を生かした話を書けたことは、良かったと思ってます。おそらく納得が行ってないのは、兄さんが似非くさいからでしょうね(笑)こんな兄さんありえねぇえ(ええ)まぁ話を聞いちゃって、思わずなんか悲しい気持ちになっちゃったんだと思うんです。ましてレッドに話してるしね。まぁこれは聞かれたから答えただけってだけで、隠してたわけじゃないんですけどね。まぁこうして、レッドの優しさに触れ、兄さんの愛に触れ、彼女は大きくなっていってくれるといいなぁって思います。がんば!