真夜中のHappy Birthday

「………グリーン?」
浅い眠りが冷めていくのは、彼に触れられたからだ。
「…よくわかったな」
彼は、少しびっくりした声でそう言いながら、ゆっくりと体を起こしたあたしを、抱きしめた。

あたしの目は、まだおぼろげにしか彼を確認できてはいないけれど、あたしには彼が誰なのか、わかっていた…。

「だって、あたしに触れるのは、シルバーかグリーンだけだもの」
あたしに優しく触れてくれるのは、義弟であるシルバーか、大好きな彼だけだ。
「……だからって俺だとすぐわかるのか?」
寝ていたあたしは、もちろん電気は消してある。
寝ていたからには、外も真っ暗だ。
視界で誰かを判断するには、難しいだろうこの場所で、いったい何で判断したのだと、彼は疑問に思ったのだろう。
「…もう、視界に頼らなくても、誰かなんとなくわかるほどに、あなたを知ってしまったのかも」
なんて言葉にすれば、くさすぎる口説き文句に、思わずくすくす笑った。
「なんだそれ」
案の定、彼は呆れたようにため息をつく。
「でもどうしたの?こんな時間に…」
と言いながら、今何時かは自分でも分かってはいない。

浅い眠りから目覚めたところを見ると、眠ってからそう時間はたっていないとは思うのだけれど…。
あたしは時間を確認しようと、暗がりに慣れてきた目で、時計を見た。

「…明日というか、もう少しで誕生日だろ?」

 

 

 

 

「え?」

時計は5月31日23時59分をさしている。
まさか…
まさか………

 

それのために?

「誕生日おめでとう」
そう言って、彼の感触を頬に感じ、同時にぬくもりを唇に感じる。
「……え?」
あたしは今いち反応しきれず、目を瞬かせながら彼を見つめた。
キスに目を瞑れないほど驚いたのは、初めてじゃないだろうか…。
「毎年まともに祝ってやったことがないからな。姉さんに怒られた」
彼はバツが悪そうに視線をそらした。

まぁ確かに、今年の誕生日だって全然期待していなかった。
案の定明日…もう今日か…は仕事だと言われていたし、今日…もう昨日だわ…も夜遅くまで書類の整理があると言われていた。
月末は何かと忙しいのは聞いていたし、もう何年もまともに祝ってもらったことのないあたしは、彼の姉であるナナミさんに愚痴る程度で、諦めがついていた。
なのに…


「ナナミさんに愚痴ったかいはあったかしら」
あたしはそんなことを言いながら、彼の胸に顔を埋める。

毎年まともに祝ってもらったことはないけれど、何日かすぎてからでも、彼が選んでくれたであろう誕生日プレゼントが、すごく嬉しかった。
時間がなくて、当日に一言おめでとうと言われるだけでも、十分に嬉しかったんだ。
なのに…

 

 


「ずるい人」
あたしは小さく呟く。

きっと仕事が終わって、すぐに寄ったのね。
さっき時計を確認したときに、彼の仕事用の鞄が壁に立てかけてあったのを確認できた。

あたしの部屋の合鍵は、彼に預けてある。
いつだって、彼がこうして来てくれるようにと、願いを込めて渡したものだ…。
それがまさか、こんな形で願いを叶えてくれるなんて…。
今まで一度もなかったのに、この日にそれを叶えてくれるなんて、なんてずるいんだ…。

「何か言ったか?」
彼が優しく、あたしの髪をさらさらと撫でる。
「これ以上あたしを、あなたに溺れさせてどうするつもり?」
「…っ」
あたしは、彼をゆっくりと見上げる。

嬉すぎるからって、泣いてなんかやらないわ。
そう思って、少し睨むように彼を見上げたもんだから、彼が少し困ったような表情をしていた。

「…馬鹿」
あたしは、再度彼の胸に顔を埋める。

ずるい、ずるい、ずるいわ…。
今更そんな…

「…」
彼が、優しくあたしを撫でる。

服を濡らしたなんて、暗がりでは分からないと、思いたい…。

2009年6月1日 Fin


あとがき
なんと言いますか、ハピバと略されるほど、ハッピーバースデーって言葉は、一緒くたな扱いになってますが、元は、幸せな誕生日という意味だと、じっくり考えなくても「そりゃそうだよ」といわれる言葉だとは思います。そんな、言葉に違わぬ話になったのではないかなぁという意味から、今日11月後半にタイトルが決められてあとがきを描いております。いいのかそれ。当初これを書こうと思ったきっかけは、「伯爵と妖精」で、エドガーがリディアを抱きしめたとき、僕は顔を見なくても抱きしめてるのが誰だかわかるという台詞から思いつきました。姉さんはきっと、ぬくもりや、手の大きさや、匂いなんかできっと「グリーンだ」って判断ができそうなほど、グリーンを感じて、体に刻み込んで、覚えてるんじゃないかなぁってことからこのお話しになりました。兄さんには、日付を超える前からスタンバってお祝いするという、似合わないことをさせてみたり。もちろんナナミさんの入れ知恵ですが(笑)そういうシチュエーションに女の子は喜ぶんだから!と「えぇ」とか眉間にしわを寄せながらも、こうやって実行してしまうほど彼はきっと純粋だと思います(笑)もしくは姉には逆らえない(笑)まぁそれで姉さんを幸せにさせられたのだから、いいじゃないの!ってわけで(笑)