思い出に変わるまで 「…これ、何ですか?」 それから、押入れの掃除をそっちのけで、応接間にせこせこと雛人形を飾っていった。 「よし、完成」 「ひな祭りかぁ。あの甘ったるい、ひなあられを食うのがいやだったなぁ」 うちも、家族みんなで、お祝いしたような気がする。 「あ…悪い」 別に、実家に帰れば、同じようなことはできるんだ。 「…3月3日、何かやるか?」 ナナミさんは、これを考えて、雛人形を出してくれたのかな…。 「グリーン!ブルーちゃん!!ご飯できたわよ!!」 この出来事が、幸せな思い出に変わるまで、後数年。 2008年2月29日 Fin
拍手で「ひな祭り」を題材にグリブルを書いてくださいとリクエストをいただいたので、即効で思いついた文章を書きました。なんかくれれば書けるみたいです。創作意欲だけはあったので(笑)萌えがなかったから、ネタが思いつかなかっただけで。リクエストありがとうございました。いささかシリアスチックとほのぼのを混ぜたお話となりましたが、お気に召していただけたなら、どうぞリクエストしてくださった方、お持ち帰りしてくださいな。ありがとうございました。
押入れの掃除を手伝って欲しいとお願いされて、グリーンに会う目的でオーキド邸にやってきたあたし。
一般庶民の家にはありえない大きさの押入れには、それ相応の物が入っていた。
そんな押入れで発見した、少し大きな葛篭。
まるで、昔話の「舌切り雀」を思い出す、古い網目の葛篭だった。
「あぁ、これは…」
そう言いながら、ナナミさんが軽く蓋のほこりを払い、ゆっくりと蓋を開ける。
「…雛人形?」
「そう。私の、おばあちゃんの時代からある、伝統的な雛人形なんですって」
ふわりと優しい笑みを浮かべ、ナナミさんはゆっくりと葛篭を押入れから出した。
「へぇ、すごいですねぇ」
何年ぶりかに出された雛人形は、少し脱臭剤の匂いがして…。
「そういえば、そろそろひな祭りね」
「そうですね」
そういえば、3月3日はイエローの誕生日だったと思い出す。
「もう、うちじゃ飾らなくなっちゃったけれど、今年は飾ろうかしら…」
ナナミさんは、もうマサキと結婚しちゃったから、あんまり関係なかったのだろう。
でも、じゃあなんで今更。
「どうしてですか?」
あたしは首を傾げる。
「…見たいって顔してるわよ?」
「え?!そ、そんなつもりは…」
もうすでに箱からいろんなものを出しては眺めていたあたしは、慌てて視線を反らした。
「うふふ。まぁ、飾ってあげないまま、押入れの底に仕舞われてしまうのももったいないだろうし…」
ナナミさんも、紙に包まれた人形達を、そっと葛篭から出していく。
「そ、そうですよね!」
遠慮と興味は、興味が勝ってしまった。
8段もある大きな大きな雛人形は、見ただけで値段が伺えて、飾るだけで手が震えそうになった。
これ1体だけで、いったいいくらするんだろう…。
「わぁあ」
最後の飾りを飾り終え、あたしとナナミさんはこぞって拍手した。
さすがにこんな大きな雛人形は、飾るだけで一日を費やしてしまった。
「何を騒いでるんだ?」
「あら、グリーンおかえりなさい」
たった今帰ったのか、上着を持ったまま、応接室の前に立つ彼の姿を確認する。
「グリーン!おかえりなさい!!」
あたしは勢い良く彼に、抱きついた。
「うわっ!?おまえっ…抱きつくな…」
はぁっと彼は大きくため息をつき、あたしをひっぺがす。
「いいじゃない。けちぃ」
あたしは、このいつものやりとりが大好きだった。
「うふふ、仲睦まじいことで。お夕飯の支度してくるわね」
そう言って、ナナミさんはくすくす笑いながら、部屋を出ていく。
気を、使ってくれたのかな。
「何をしてたんだ、おまえはこんなところで」
ナナミさんが出て行くのを確認すると、彼は不思議そうにあたしを見た。
「見て分かんない?雛人形の飾りつけ」
そう言って、先ほど飾り付けた雛人形を指差す。
「…懐かしいなぁ。もうそんな時期か…」
彼は、雛人形の前に立ち、大きな雛人形をじっと見つめた。
「キレイだよね」
あたしはうっとりと、その雛人形を見つめる。
「というかなんで今更?」
もうナナミさんは結婚してるのに、と言いたいのだろう。
「人の欲とは、面倒という感情よりも勝るものなのだ」
「は?」
彼があまりにも変な顔をするから、思わず笑いがこみ上げた…。
ソファーに座り、物思いにふける。
「そう?おいしいじゃない」
今じゃいろんな形や味があって、おもしろいし。
「そうか?」
彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ひな祭りとか、子供の日とか、何かした?」
「おじいちゃん、行事ごとは好きだったからなぁ。お祝いはしてたよ」
彼は、昔を懐かしむような顔をする。
「…そっか…」
うちの雛人形は、こんな素敵なものじゃなくて、お内裏様とお雛様だけの、小さい雛人形だったような気がする。
昔食べた、ひなあられの味なんか思い出せないけど。
家族でどんなことしてたのかも、思い出せないけど。
でも、楽しかったと…思う…。
彼は、あたしの様子に気づいたのか、一言謝った。
「何が?」
「いや、無神経だったかな、と思って」
彼は優しく、あたしの頭を撫でる。
「そんなことないよ…あたしが聞いたんだし…」
ありがとう、と笑顔を返した。
雛人形を出してもらって、家族でお祝いでも何でもすればいい。
そうすれば、いいのだけどれ…。
あたしには、昔を懐かしむような、そんな幸せな思い出を、持ち合わせてはいない…。
ただ、それだけ…。
優しく頭を撫でたまま、彼がそう言い出す。
「え?」
「せっかく雛人形も出したんだし。イエローも誕生日だろう。ついでと言うと怒られそうだが、パーティー染みたことはできるんじゃないか?」
優しく、あたしの髪を梳いていく。
「…そう…だね…」
…なんて…まさか…ね…。
しばらくして、ナナミさんがあたし達を呼ぶ。
「行こう」
彼が先に立ち上がり、部屋を出た。
「うん」
あたしも雛人形に背を向けて、部屋を出る。
あとがき
なんだかいささか、兄さんが優しすぎる感が否めないですが、いつもの元気がなくなってる姉さんが、あまりにも気になってしまったことによる結果って方向で。あの姉さんがあからさまにへこんでると、切なくなりませんか?つーか気になるんよね。それが自分のせいだと余計さ。
ちなみにナナミさんは彼女の欲求を叶えた形で雛人形を出してくれましたが、彼女の過去も少しは視野に入れつつ、いい思い出になればいいと、片付けよりも飾り付けを優先してくれたっていう優しさがありました。それを汲み取っていただければ何よりです。ナナミさん最高!勝手に結婚した設定にしちゃいましたが、姉さんが18くらいになってれば、結婚してたってOKだよね!OKってことにしといて!!!