「げっ」
思わずそんな声を出すほど、それは偶然に起きた出来事だった…。

想いの重なり

「ちょっと!げって何よげって!!」
彼女は想像通り憤慨し、頬をプリンのように膨らませる。
「タイミングよく出てくるなよ」
俺は思わず目線をそらした。

いつもどおり、ジムの帰りにブルーの家の前を通りかかったときだった。
この道は自宅とジムをつなぐ道の中で、一番最短コースにあたる道になる。
そこを毎朝毎夜通るのは至極当たり前のことであり、こんな日がいつかは来るだろうとは、頭の片隅に考えたことはあったものの、そう偶然が重なって、俺が通る時間と、彼女が外へ出る時間はが、そうかみ合うことは今までにはなかった。

それが今日たまたま、「そういえば」とブルーの家の前で、俺がブルーを思い出した途端に…だ。
まさかその途端に、彼女がサンダルを履いて、ドアをあけて外に出てくるなんて、だれが想像しようか…。
そんな偶然もいつかはおきるかもしれないとは考えたことがないわけでもないが、少なからずそれは今日ではないと思っていた。
そのはずなのに…。

まだ何も考えてなかったときに会った方が偶然くさいし、「よっ」と挨拶だけ交わして、彼女のかしましい声を背中に通り過ぎることだってできたかもしれないが、俺はそのときたまたまこいつを思い出してしまっていたんだ。
つまり、「げっ」と言わずして何を言えと言う…ということだ…。
そんな怖いほどの偶然は、喜びなんぞを通り越して恐怖に変わっていくものだ。

「べつに狙って外へ出たわけじゃないわ」
彼女は眉間にしわを寄せ反論しだす。
「はぁ」
いっそ狙って出てきてくれた方がありがたかったかもしれない。

俺の朝の通勤時間はほぼ毎日分単位のずれすらないほど正確にこの道を通る。
しかし朝会ったことがないのは、彼女の起床時間よりも明らかに1時間以上も前にここを通るからだ。
昔「べつにぎりぎりに行ったっていいじゃない!朝くらい会いたいのにぃ」と言われたことがあるが、朝早く目覚める俺としては、家でごろごろしてるよりは、ジムにある資料に目を通していた方が有意義なのだ。
そのときに、「おまえが早く起きてみろ。早起きは三文の得というだろ。悪くないぞ?」と言ってみたこともあったが、「ある程度の睡眠時間を確保しないと美容の大敵なの!」とぶーたれ返された記憶がある。

そんな朝は狙って会うことは可能なのだが、帰りは仕事の量や、その日のチャレンジャーの数や、どんなバトルをするかでフィールド整備などにかかる時間も変わってくる。
そんな中では、帰りの時間は毎日のように定まることはない。
狙うのはなかなか難しいが、きっとブルーなら難なくやりそうな気がするのはうぬぼれだろうか。

まぁつまり、狙おうと思えば狙えるだろう彼女が、今日今この瞬間狙って俺の目の前に現れたなら、まだ納得がいくのだが、彼女の言い分ではそれもありえない。

ということは、今こうしてここで出会ったのは完全なる偶然。

「はぁああ」
思わずため息が出る。
「ちょっと!!どんだけあたしに会ったのが嫌なのよ!!」
彼女は涙目になるほど怒り出す。
「嫌な訳じゃない」
俺はとりあえず、宥めるように彼女の頭を撫でた。
「じゃあなんなのよぉ」
再度頬を膨らませながら、彼女が外へ出てきたそもそもの用事であろう、ポストから郵便物を取り出した。
この時間に取り出すとは、今日は一日引きこもっていたのか?
まだ趣味の機械いじりでもしていたのだろうか…。
「…偶然とは恐ろしいっと思っただけだ」
彼女の頭を撫で続ける。
「あなたに会えた喜びは、あなたの反応でだいなしよ」
一瞬嬉しそうな表情をしたのは、どうやら俺の見間違いではなかったんだな。
「…悪かったよ」
「せっかく今日あなたに会えたことがまるで運命のようだと心踊ったのにっ」
彼女はそういう運命だとか、赤い糸だとか、メルヒェンチックなことがかなり好きだ。
確かにそんな彼女の理想を叶えるには、実に素晴らしいシチュエーションだったことだろうな。
ところが俺が眉間にしわを寄せて「げっ」などと口にしてしまったがゆえに、彼女の夢がガラスを割るように粉々に砕けてしまったのだ。
そりゃ泣きたくもなるか。
「だから悪かったって」
俺は申し訳なさがわいてくる。
「はぁ」
もうっと彼女はすねたようにそっぽを向いた。
「…あれ」
ずっと彼女の頭を撫でていたが、あることに気づく。
「何?」
彼女は俺の疑問に反応し、俺を見上げた。

目線が低い?
撫でてる頭も。

「なぁに?」
俺がびっくりした顔で見つめていたものだから、彼女の顔が訝しげな表情に変わっていく。
「おまえ縮んだか?…でっ!!!」
俺の言葉は彼女の右ストレートに返りうちにされた。
「失礼ね!!!1mmたりとも身長も胸も縮んでないわよ!!」
「ぐ…」
いや胸は関係ないだろうと、溝落ちにくらった右ストレートがききすぎて、言えなかった。
「なんなのよあんたさっきから!!失礼すぎるにもほどがあるわ!!!」
あげく怒鳴り散らされる。
「…あぁ…そうか」
思わずしゃがみ込んだ俺は、あることに気づく。
それは足元だ。
「もう何よ!」
「おまえいつもブーツだもんな」
ブーツじゃなくても、ヒールの高い靴を、彼女は好む。
しかし今足に履いているのは、ヒールの低いというか、ないサンダルだ。
あぁそうか、いつもヒールの高い靴を履いてるから、今は低く感じたんだな。
「もう、なんなのよぉ」
家に入ってるときと同じ身長のはずなのに、外で会うと地味に違う感じがするのはなんでだろうか。
「なんだろうなぁ」
俺は曖昧な返事を返しながら立ち上がる。
「なんなのよぉ」
はぁっと今度は彼女がため息をついた。
「いや、なんでもない」
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
まさかこんな変化に、こんな偶然の日に知ることになるとはな。
偶然もたまには悪くないのかもしれない…。
「…もう、意味わかんないしぃ」
「悪かったな」
俺は思わず口元に笑みを浮かべる。
彼女の上目遣いの視線を受けながら、優しく彼女の頭を撫でた。

2009年11月27日&2010年6月21日 Fin


あとがき

さっぱり!!なんだこれ!でも可愛いとか兄さんに言って欲しくないので、兄さんの姉さん好きさを感じ取ってあげてください(笑)
なんか確か誰か女の子と一緒に歩いてたときに、「あれ?身長縮んだ?」と言ったのがこの物語を思いついたきっかけだった気がします。いつもヒールの高い靴を履いてる子が、その日はたまたまヒールの低めの靴を履いてたので。それひとつでこんなにも印象って違うんだなぁって思ったらちょいとびっくりしまして。自宅とかにいれば靴は脱いじゃいますけど、隣になって歩いたりしないと気づかない差ってのもあるので、兄さんにはそういう微妙な変化が不思議にかつかわいいなぁって思って欲しかったりしたので、そんな話になりました。印象が違うっていうのはなかなかおもしろいですよ。姉さんって決して身長低いほうじゃないのに、ヒール高いおしゃれ靴やブーツが大好きそうなイメージなので。まぁ、兄さんの偶然のよる驚きから変になった感をかもし出せたら何よりです(笑)意味不明な話ですいませんでした。日常万歳!こいつらは一生こうやってちちくりあってればいいんだよ!!(ええ)胸が縮んでないのは兄さんが一番わかってればいいよ(笑)
タイトルは意味不明。ようは、偶然の重なりが、想いの重なりによるものだという意味で。