忘れえぬこと
今、こうして、普通に、何もなかったかのように、私の前に座り、食べ物を胃の中へと、納めていくあいつ。
「ん?どした?」
そのあいつが、不思議そうに私を見た。
「べつに」
私はすぐに視線をはずし、自分も食べ物を胃へと納めていく。
「あっそ」
彼はとくに興味なさげに、自分の食事をした。
ついこないだまで、敵だった。
ついこないだまで、敵意、殺意を向けられていた。
ついこないだまで、捕虜だった。
ついこないだまで、私の憎むべき人だった。
はずなのに…。
今は、私の目の前にいて、一緒に食事を食べている。
今は、私の目の前にいて、一緒に戦っている。
どうして…?
なんで…?
問えば、彼は少し妙な笑みを浮かべ、何か言いたそうなのに、それでいて何も言いはしなかった。
「ミリィ」
いつのまにか、呼ばれるようになった愛称。
いつのまにか、向けられていた笑顔。
いつのまにか、見つめられていた、あの菫色の瞳。
いつのまにか、耳にこびりついてはなれない、あの人の声。
いつのまにか、覚えた名前…。
『バスター発信どうぞ!』
『バスター、行くぜ!』
このやり取りも、もうずいぶんと昔からやっていた気さえしてくる。
それくらい、彼がいるのが、あたりまえに感じてきた自分がいた…。
まるで、誰かが仕組んだかのように、時の流れにフィットした出来事にさえ、思えてしまう。
私はなんだか、それがいやだった。
「…あーごめ…。えーとあなた様?」
私が嫌な顔をして振り返ったのを、名前を呼んだことで怒ったと勘違いしたのか、そう答えた。
「何よ、なんか用?」
「べつに。ミリィが見えたから声かけただけ」
結局名前呼びは戻ってないし、あげくのはてにはそんな理由だ。
彼は、いつも何を考えているのか分からない笑みを、私に向ける。
その言葉は、本気なのか冗談なのか。
それさえも分からないような表情に、さらに苛立ちを覚える。
でも…
「はぁ」
そんなの相手にしていたら体がもたない。
いつも私はそこで無視を決め込み、目的を果たそうと廊下を歩き出した。
「どこ行くんだよ」
彼は気にすることなく、私の後ろをついてきながら、そう質問してきた。
「あんたには関係ないでしょ」
振り返ることなく、つかつか歩く。
妙に早足で歩いていた気がするが、もとから足の歩幅が違う彼には、これでも遅いほうだっただろう。
そんなことを考えながらまたむっとした。
「関係ないなら答えてくれてもよくない?」
そうくるか…。
「…答える義理はないわ」
むっとした顔に、さらに眉間にしわが寄る。
口で言ってもすぐに返される。
こういうとき、自分のボキャブラリーの少なさを恨むわ。
「じゃあついていってもいいよな?」
そう聞いてくるが、その質問はかなり無意味なものだろう。
どうせ聞いたところで、無理についてくるのだから。
文句を言ったところで、俺もこっちに用があるんだよって言われるのがおちだ。
「邪魔したら怒るからね」
とりあえずそれだけ言い返すと、さらに歩を進めた。
なんで、私は彼をこんなにも理解し始めているのだろう…。
なんで、私は彼のあしらい方に慣れてしまったんだろう…。
なんで?
なんで…
なんで…?
彼は敵だったのに…。
彼は、私の大好きだったあの人を殺した人の仲間なのに…。
もう、AA内では、彼を敵とみなすものは誰もいない…。
そりゃ、やっぱりコーディネイターっていう壁はあるけれど、キラの計らいもあってか、それほどその壁は高くはなかった。
なぜ、こんなにもみんな、彼を信用しているのだろう…。
あの、アスランと呼ばれた人だってそうだ…。
いつ、私たちに牙をむくとも分からないのに…。
ひとつの希望に縋り付きたいほど、人々はそんなに病んでいるのだろうか…。
いや、その希望すら信じられなくなった私の方が、病んでいるのかもしれない…。
そう考えると、自然と顔が曇る。
病んでいるって言葉に、体が重くなる錯覚さえ感じてくる。
でも、結局私も、最初よりは距離を置いていない…。
あの出来事のときに感じた殺意など、もう微塵も残っていない…。
今あるのは、複雑な気持ちだけ…。
彼が、私の中であたりまえになっていく…。
彼が、私の心の中に住み着いていく。
彼が、頭から、目から、耳から離れない…。
「んあ?こんなとこになんの用があんだよ」
彼は私の後をついてきて、そう述べた。
ここはAA内の倉庫。
私は備品チェックを仰せつかってきたのだ。
今は目立った戦闘はこれといってない。
CIC担当である私は、とくにブリッチにいる必要性は見出せなかった。
現にパイロットであるディアッカが、こうやってAA内をうろうろしている時点でそれは明確で。
でも、何か仕事をしていないと、今は落ち着かないのか、私は艦長であるマリュー・ラミアスに頼み込み、別の仕事を割り当ててもらったのだ。
それがこの備品チェックというわけである。
「備品チェックをしにきたのよ」
私はめんどくさそうに彼の質問に答えた。
「へーそんな仕事までしてんの」
彼は不思議そうに私を見る。
「人手、足りないからね…。オーブで数人降りちゃったし」
私は箱の中身を確認しながら、そう話に返事を返していく。
オーブで降りたのは数人だった。
けれども、もとから少ない人手だったAAには、それだけでも十分人手不足で…。
「なんか手伝おうか?」
そう彼が言うが、
「いい。余計分かんなくなるから」
とあっさりその好意を突き放した。
私にかかわらないで…。
私に近づかないで…。
私の中に入ってこないで…。
心が叫ぶ。
そのとき…
「…」
私は、今の私が、見つけてはいけないものを、見つけてしまう。
それは…
「お、おい…ミリィ?何のつもりだよ…」
私はこのとき、何の迷いもなくそれを握り、彼に向けていた。
「…何をいまさらそんなにあせってるのよ…。何のつもりも何も、私がこれをあなたに向ける理由なんて、たったひとつでしょう?」
そう少し笑みを浮かべながら、それを彼に向けていた。
それとは、箱にいくつか詰められていた、護身用であろう、小さな銃。
「いや…そうだろうけど…だけど…」
彼はなんとも複雑そうな表情で私を見る。
彼からは、焦りの表情はあれども、恐怖の表情は浮かべてはいなかった…。
「何?信用されてるとでも思ってた?」
私は見下した笑顔を浮かべる。
私はいまだにあんたなんか信用してないのに…。
いつ裏切るのかって怯えてるのに…。
「いや…でも…その…」
彼は困ったように言葉を区切る。
「殺すなら殺せ。そう言ったのはあんたよ。なのに、いまさら怖気づいたの?」
私は、わざとらしく、彼を挑発するように言った。
「そういうわけじゃねーけどよ…」
彼は少し困ったような表情をしていた…。
「じゃあいいじゃない。あなたを殺したら、あのアスランって人も殺してあげるから…」
そうすれば、あの人の仇は取れる…。
「…あーくそ!!じゃあ条件だ!」
「え?」
彼はうまく言葉が見つからなかったのか、頭をかくと、そう言葉を発してきた。
条件?
「俺を殺すのは勝手だよ。それでおまえの気がすむんならな。それでおまえがいいって言うなら俺はそれでもいい。だけど、これだけは約束してくれ。
絶対、幸せになれよ…。
絶対、生きて幸せになれよ…」
そう、彼は言うと、すっと、まるで眠るように目を瞑った…。
…今…彼はなんて言ったの?
私に…幸せになれ…と?
「…」
私は、銃を向けたまま、そのまま硬く口を閉じた。
馬鹿な人…。
殺されそうになってまで、人の幸せ願うなんて…。
馬鹿な人…。
知り合いと敵になると分かっていて、AAに残るなんて…。
馬鹿な人…。
この期に及んで、私を気遣うなんて…。
「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうわ」
私はきっと顔つきを変え、銃をぎゅっと握り締める。
安全バーをはずし、指を強く…
ひいた…。
カチッ
「…あ…あれ?」
ディアッカは、なんともまぬけな顔で私を見た。
「…馬鹿ね。本当に打つわけないじゃない。コーディネイターってそんなのも分からないほど馬鹿なの?」
本当に馬鹿な人…。
倉庫にしまってある銃なんて不良品か、新品なものだ。
拳銃の弾はべつに保管されている。
この銃には弾なんか入ってない…。
ちゃんと持ち上げたときに確認したから問題ない。
それくらい、彼なら容易に想像できたはずなのに…。
よほどの馬鹿なのか、それとも…
「な…冗談かよ…。ミリィ冗談きつすぎだぜ」
彼は力が抜けたように、その場に座り込んだ。
相当、あせっていたのか…。
「…殺すわけないじゃない…。あんたを殺したって、トールは帰ってこない。もちろん、あのアスランって人を殺したって同じこと…。それに何より、トールはそんなこと、私に望んでないだろうし…」
私は、銃を箱に戻した。
もう、あのときの間違いは繰り返さない…。
最初から、打つ気なんてさらさらない。
…もう彼を恨んでいない私がいる。
もう、分かってしまった私がここにいる。
彼を殺したのは彼ではない。
戦争というものが、彼を殺してしまったんだってことは、キラの言葉で痛いほど理解したつもりだ。
気持ちの整理だって、いくつかつき始めていた。
じゃあなぜこんな行動をとったのか…。
それは、ただ、試したかっただけ。
殺されそうになれば、簡単に裏切るんじゃないか。
そう思っていた。
ところが彼は、裏切るではなく、逆に私を殺すでもなく、ただ、私の幸せを願い、私のことを考えて、死を選んだ。
馬鹿じゃないかって思う…。
本当に…ただの馬鹿…。
本当に…馬鹿な人…。
「なぁ、まじ俺は信用されてないのか?」
彼の真剣な瞳が、私を射抜く…。
いつもおちゃらけたような瞳でも、見下したような瞳でもなく、まっすぐに、私だけを移しているすみれ色の瞳。
思わず、その瞳に吸い込まれてしまいそうな感じにさえ、なってしまう…。
「…し、信用しろって方が難しいんじゃないの?」
なんだかその目を見れなくて、私は目線をそらしてしまう。
「…そうかもしれないけど…だけど…」
彼の瞳が曇る。
切なそうに囁くその声に、思わず私は視線を戻してしまった。
なんだか泣きそうな、そんな瞳だと、思った…。
いつもの見下されてるかのような感じはなく、うなだれて情けない、形容するなら可愛いとさえ言えてしまう彼の姿が、そこにはあって。
「なんて顔してんのよ」
泣きそうな表情に、母性本能がくすぐられそうになる。
私は、彼の頬にそっと手を添えた。
「!」
彼は驚いたように目を見開く。
不断の私なら、そんなことしないだろうから…。
こうしてると、不思議ね…。
あなたが敵だったことなんて、どうでもよくなってくる。
忘れえぬ、ことがある…。
私はあなたに殺されていたかもしれない。
ヘリオポリスで、宇宙で、砂漠で、オーブで。
でも私はこうしてオーブで、宇宙で生きていて、殺そうとしていたあなたは、私のすぐそばにいて…。
私は、この人を殺していたかもしれない…。
このときほど、彼がコーディネイターでよかったと思ったことはない。
それからの月日、この人と話すことは多くなり、顔をあわせることも少なくはなくて…。
認めたくはないけど、あの人の『死』というものを、受け止められたのは、彼の、おかげだったのかもしれない…。
あの人を忘れない。
この人を忘れない…。
忘れえぬ、ことがある…。
「殺されそうになったのに、私の幸せ願うなんて馬鹿よね、あんたも。あげくのはてにはAAに残って仲間と戦う羽目になっちゃってるし。本当に馬鹿。結局コーディネイターも馬鹿なんじゃない。みんな変わらない。ナチュラルもコーディネイターも。私も、あなたも…」
同じ人間なのよね。
あなたも、私も…。
ただ、生まれた場所、環境などが違っただけ…。
もとは、何一つ変わることのない、人として生まれてきたはずなのに…。
あなたはザフトにいた。
私は地球軍にいた。
あなたはコーディネイターだった。
私はナチュラルだった。
昔は、あなたと別のところにいて…。
今はあなたとここにいて。
「馬鹿でいい…。それでおまえが幸せになるなら…。それで、おまえを守れるなら…」
画面越しにしか見たことのない凛々しい顔。
CIC担当だから、彼の表情がよく分かる。
いつものおちゃらけた顔じゃなく、しっかりと、戦いへと赴くものの顔をしている。
それを間近に見ているのが、なんだか不思議で、胸の鼓動が、幾分か早かった…。
「…馬鹿…」
本当にあんたって馬鹿ね…。
本当に…馬鹿よ…。
でも、一番馬鹿なのは、私なのかな…。
素直じゃないけど、これくらいは私にもできる…。
私は、彼の胸に、そっと、頭を預けた…。
忘れえぬことがある。
あの人のこと、この人のこと。
今のこと、昔のこと。
私たちのこと、みんなのこと。
すべて、すべてが忘れてはいけないこと…。
それが、私が今、ここで、こうして生きている…証なのだから…。
2003年8月29日&10月9日 Fin
あとがき
ディミリですた(おい)あははは。書いてしまっただぎゃ。あ!私はディミリって略すので無視してください。まぁなんでこんなのを書いたかっていうと、もうディミリを漫画で書いてしまったので枷がはずれたというかね。でも難しかったこの話。よく分からないわ。まぁ目的はミリィがディアッカに銃を向けることだったのでよしとしまっしょい。とりあえずこの話はあるディミリ話を読んで思いついたこと。あなたが恐いみたいな話だったかな?少々引用。これって著作権に引っかかるかな〜(汗)あわわ。まぁあとは2作くらい考えたけど、どっちも重い話であいたたっすね。こいつも重いけど。でもずいぶんとかっこいい台詞をはいてくださったはずです。ほかのはミリィがいたいんですって。これは唯一ミリィがミリィらしい話かな。ほかはあますぎる。がふ。あああ。まぁ素敵にステッキステキッキ〜ってことで。とりあえず読んでくださってありがとうございました!!!
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