兄は最高の人間だ・・・――――.。
彼、トーマ・リヒャルト・シュバルツは、兄であるカール・リヒテン・シュバルツ
に対し深い信頼と尊大な自慢を持っている。
しかし…
自分と違ってなんでもできる兄。
自分と違って期待以上の事をやりとげる兄。
同時に嫉妬心も胸に秘めている。
兄のやさしさはとてもあたたかいが自分には眩しすぎる光だ。前が見えなくなって
しまう。
けれども・・・・――――
あなたはどうしてそこまで優秀なのですか?
あなたはどうして出来損ないの自分にやさしくしてくれるのですか?
・・・・その問いの答えは・・・?
「どうした?シュバルツ中尉。」
聞きなれた上官の声に我を取り戻す。
「あ、す、すみません。兄さ」
「任務中だ。」
その言葉にハッとする。
「申し訳ありません。シュバルツ大佐!つい、ボーっとしていたもので…。」
そう今は任務中、たとえ兄であってもプライベートな呼び方は許されない。
「・・・もう少しで任務時間も終わる。疲れているのだろう今日は帰ってゆっくり
休養をとるといい。」
やさしく言う。とても心地のよい声。
「ハッ、分かりました。・・・大佐・・・は?」
「私はまだ仕事がある。」
トーマは唖然とした。
本当に休養をとるべき人はあなたでは?
そう言いかけた。
誰よりも苦労しているではないですか。大佐、になってからあなたはほとんど休息
という休息をとっていない。人の心配よりも何よりも・・・!
しかし、気がつくとトーマは兄と離れて、家路へと向かっていた。
いつも言いたいことが言えない。自分の考えが、
間違っているのではないのだろうか?と思ってしまうから。
「・・・・・。」
一時の沈黙の後、トーマは向かう方向を一転し、来た道を戻って行った。
「さあ!ビーク!!俺が精一杯、整備してやるからな。」
『ピキュー』
「ハハハ、俺のなにがおかしいんだよ?ほら!整備始めるぞ。」
どこへ行ったのかと思えば、やはりディバイソンの所だった。兄が仕事をするのな
ら、自分もなにかを。ということだろう。
トーマはいつもながらの慣れた手つきで細かな作業へと取り掛かった。
整備も一段落ついたときだった。
「中尉!シュバルツ中尉!!」
トーマはその声に反応し、人目に付くように立ち上がった。通信兵だ。
「こちらにおいででしたか!」
「なんだ?」
トーマはディバイソンのハッチを閉めながら通信兵を迎えた。
「シュ、シュバルツ大佐がお、お倒れになられまして!!」
トーマはハッとした。
大佐が?!兄さんが!!?
頭の中が真っ白になる。今すぐに走って行きたいのに体が動かない。
「シュバルツ家へも連絡いたしましたが…、気にすることないただの疲労だろう。
と言われまして…。」
瞬間、トーマの凍りついた体が溶け出した。
だろうな、どうせいま家にいるものは軍を定年退職したじいさんとか使用人ばかり
だろう。使用人はともかくじいさんどもはちょっと倒れたぐらいじゃ、動揺の「ど」
の字も見せないだろう。シュバルツ家の者がそう簡単に倒れてなるものか。か?
通信兵に見えないところで苦笑いをする。
「で、でも自分は日頃、大佐に良くしていただいていまして…。いてもたってもい
られなくなりまして、そ、その弟さんのあなたなら!と・・・」
動揺しながら言う通信兵の肩をトーマはポンッと叩き
ありがとう、と一言礼を言ってその場を後にした。
兄さん!兄さん!!
やっぱりあの時言っておくべきだった!
別にいいじゃないか!余計なお世話だと言われたって!!
心配してのことなのだから!!!!
「兄さん!!!!」
ガチャンッッッ
「・・・・・兄…さん・・・?」
トーマが見た姿は机の上で資料を見ている兄の姿だった。
「どうした?トーマ。」
なにもなかったかのように平然としている。
「・・・た、倒れた、と聞きまして・・・。」
トーマの問いにカールは、ああ、そのことか。と、うなずいた。
「ただの貧血だよ。朝食も昼食も食べてなかったからな・・・。すまないな、心配
してここまで走ってきてくれたの、か?」
「!当たり前です!!!!」
カールはその思いもしない声に驚いた。
ただの貧血!?貧血だって気をつけないといけないときだってあるのに!ましてや自分
らは軍人だ。いつも死と隣り合わせだ。その油断が、命取りになるときだって!!!
黙り込むトーマを見ながらカールは笑って見せた。
「すまなかったなトーマ、心配させて。」
仕事の資料を片付け、トーマを手招きする。トーマはそれに従い兄のそばに寄る。
「これからは気をつけるよ。」
トーマの頭を軽く撫でながらやさしく言う。久しぶりの感覚。
その微笑みはその行為は嘘じゃない。上司じゃない兄として弟に接してくれる。
いままでの不安が消えうせ、うれしさと安らぎと同時に別の不安と恐怖が一機に込み
あがる。
ああ、兄さん…僕はあなたを絶対に失いたくない・・・。
一瞬の刻がゆっくりと流れていく・・・・――――。
カール・リヒテン・シュバルツは自分だけでなく他の部下にまで信頼されている自分
の兄。
少々、自分に無理をするが必ずどんなことも成し遂げる自慢の兄。
でもときに、自分にできないことを難なくやりとげてしまうため嫉妬心が芽生えてし
まう。
しかしそれは自分が兄を認めている証拠。
兄のやさしさはとてもあたたかく、しかし眩しすぎる光だ。前が見えなくなってしま
う。
・・・けれども、出来るだけ、出来るだけでいいからその光の中に居たい。
自分らは軍人だから。死といつも隣り合わせだから。
あなたが優秀なのは、シュバルツ家の長男だから?
あなたが出来損ないの自分にやさしいのは血のつながりがある弟だから?
これが答え。でも正しくも間違ってもいないだろう。
この問いに対するはっきりとした答えがみつけられない。新たな問いへと変ってしま
う。
きっとこれはあなたを失わなければ解らないだろう。
ならば、一生この問いは問いのままにしておきたい。答えのない問いに・・・。
兄は最高の人間だ。少なくとも自分にとっては、
―――・・・誰よりも・・・―――。