彼女は美しくも哀しい孤独な少女。
月下美人
穏やかな春の日差しの中、俺は町の喧騒をゆっくりと歩いていた。 花を愛でる趣味はないが、このまま通り過ぎることが出来なかった。 店の隅にひっそりと置かれている月下美人。 強くやさしく、そして儚い一人の少女を。
あいつは自分の気高さを知らない。 確かにあいつには昼よりも夜の方が似合うだろう。 まだ咲いていない月下美人を見れば見るほど、此花がブルーに見えてくる。 暖かい場所を好み、されど太陽の光を苦手とする。 ブルーもまた。
きっと此花はブルーのもとで花開くことを夢見ているのだろう。
柄にもないことをしている自覚はあったが、此花がブルーのもとで花開く瞬間を想うだけでつかの間に幸せに浸れる。
まっすぐブルーの家に来たのはいいが、なんと言ってこれを渡せばいいのだろうか…。
逡巡していると後ろから声を掛けられた。
「グリーン?貴方何やってるの?人の家の前で」
振り向かずとも、首を傾げて俺の方を見ていることが分かる。 「お前に渡したいものがあって…」 そう言って振り向くと、想像したとおり、首を傾げ不思議そうに俺を見上げるブルーの眼があった。
そしてブルーは俺が手にしているものを見て、美しい光を宿すその双眸を見開いた。 「また何か貴方に似合わないものを持ってるわね」
俺が黙って差し出すと、ブルーはまた首を傾げながらも受け取った。
「月下美人?私この花好きよ」
一言告げ、その場を去ろうとしたら慌てた様子でブルーが俺を引き止めようとする。 「やるって…。
どういうこと?と問いかけてくるブルーにため息をついてみせる。
「本当にお前はうるさい女だな。
そういうとキョトンとしたブルーだったが、やがて静かに微笑んだ。 まるで月下美人が花開くかのように。 「私、今まで月下美人の花を見たことないの。
そう言ってまた静かに微笑む。
そんな彼女を見つめながら心に誓う。 俺は月下美人をやさしく包む月光になろうと。
彼女のこの微笑を守るために己のすべてを賭けようと。
彼女に巣くう絶望的な孤独から解放するために。
俊宇 光 |