--ピッピッピッピッピッ
規則的で不快な電子音が、俺の至福の一時を邪魔する。
--ピッピッピッピッピッ
俺の唯一の安らぎはこの電子音によって砕かれた。
「あ〜!やかましいぃっ!」
ドゴォッ!!
カッ!チュドォォォォン!!!
俺の怒りの鉄拳が決まった直後、『目覚まし時計』は爆発した。
「…………そうだった」
俺は、今頃になって自分の愚かさを悔いた。
昨日の夜、ルノアがいつものように俺の目覚まし時計を自分の発明した『加
重型拡散時計』(かじゅうがたかくさんどけい)と変えていたのだ。
『加重型拡散時計』とは、その名の通り、重さが加わると爆発するという代
物(しろもの)だ。
もちろん、死なない程度に爆発の威力は拡散する。
…………まぁ、毎朝餌食になってる俺としてはたまったもんじゃないが。
ルノアのマッド野郎が『どんな馬鹿でも起きれる目覚まし時計』として売り
出そうと企んでいて、その実験に俺を使ってやがる。
それだけじゃない。
他のどんな発明品もあいつは絶対に俺を実験台にする。
全く、俺はモルモットじゃないんだぞ!…………と言った所で、あの馬鹿に
は効果がないことは分かっているので意味ないが。
まぁ、一応世話にはなってるんで、強引に詰め寄る事も出来ないが…。
「ったく…………眠ぃ」
気を抜けば、下がりそうになる瞼を必死で上げつつ、俺は洗面台へと向かった。
顔を洗えば少しはスッキリするだろうという浅はかな目論み(もくろみ)を
持って。
「もっと寝る時間ほしいよなぁ…………………あ!?」
俺は再び自分の愚かさを思い知った。
そうだった…………いつも、こういうパターンなのに……………俺には学習
能力がないのか?
「イヤァァァァァァァァァァ〜〜〜〜〜〜!!!」
そいつは、鼓膜が破れそうな叫び声を上げて、俺を指さした。
「なっ!なんでセノルがここにいるのよっっ!!」
…………俺の目の前の少女は、怒りと驚きでか、体を小刻みに震えさせてい
た。
「なんでって………ここ、俺の部屋だぞ?」
俺が毎朝恒例の台詞を言うと、少女はまだ俺の言葉を理解していないのか、
怒りと驚きの形相をしていた…………が、すぐに困惑の表情へと移り変わった。
これも、毎朝恒例のことだ。
「じゃ、じゃあなんで私がここにいるのよ!?……………もしかして、セノ
ル……………!この変態!!」
一体何を考えていやがるんだ!?
再び怒りの形相になろうしている少女--ビスタに、俺は壊れている壁を黙って
指さした。
「これって……………もしかして、私またやっちゃった?」
引きつった笑みを浮かべながら、ビスタは少々申し訳なさそうに、俺を上目遣
いに見る。
「………………今度からは、よく状況を把握してからヒトを疑う事だ」
俺は少し咎める(とがめる)ような凄みを混ぜた口調で、ビスタに言った。
どうにもこいつは寝相が悪すぎる。
この間なんか、寝ぼけて壁ごと俺を吹き飛ばしやがったのだ。
……………何故、未だにこいつは天使の力を剥奪(はくだつ)されないの
か、俺は不思議でならなかった。
だが、そんな事を俺が主神(しゅしん)に進言できるはずもない。
せめて、俺の隣の部屋以外に移動してもらいたいものだ。
「ごっめ〜ん。許してよ、ね?」
すまなそうな笑みを浮かべながら、ビスタは顔の前で両手を合わせて『ご
めん』のポーズをしている。
…………その軽い口調がヒトを変態呼ばわりした奴の謝り方か!?
少々俺は憤り(いきどおり)を感じてしまったが………まぁ、こいつのこ
ういうやり方は今に始まった事じゃない。
それに、実際そんな事はどうでもいい。
俺は早くビスタに自分の部屋に戻ってほしかった。…………着替えように
も、着替えられない。
「ああ。…さっさと自分の部屋に戻れ」
俺がぶっきらぼうにそう言うと、ビスタは多少不満のあるような顔をしな
がら、自室へと戻っていった。
さすがに非が自分にあることを認めたのだろう。………まぁ、毎朝の事だ。
ビスタが戻ったのを確認すると、俺は早速着替え始めた。
目の前に鏡を置いて。
……………勘違いしないでほしい。
俺は別にナルシストでもなんでもないし、危ない奴でもない。
ただ、服を着るときに、裏表反対になっていたり、襟が立っていたりする
事があるからだ。
間抜けなやつとも思わないでほしい。
こっちは、明け方まで仕事をやって朝早くから出なければならない。
いくら俺が天使と言えど、きつすぎて、寝ぼけても仕方が無いというものだ。
……………まぁ、正確には、俺はハーフなのだが。
ちなみに言っておくが、ここは天上界。
俗に言う、神や天使などが住んでいる世界だ。
この世界を統べているのは主神オーディン。我々の長だ。
その主神の下に、様々な機関があり、俺はその中でも特殊な地位にある、
『妖魔掃討所』(ようまそうとうじょ)--略して『妖所』--に所属している。
…………俺の母が作った機関だ。
もちろん、隣の部屋にいるビスタも天使。
所属しているのは、何の因果か俺と同じ『妖所』。
なんでも、母親が『銃器と体術の扱いは女のたしなみ』というなんともお
かしな信念を持っていて、教育の指針(ししん)にしていたらしい。
その結果が、ビスタというわけだ。………『妖所』に所属したのも、母親
の影響らしい。
確かに、今の御時世、戦闘といえば妖魔との小競合い(こぜりあい)ぐら
いしかない。
地黒界(ちこくかい)--俗に言う、悪魔達の住む世界--と天上界のデタン
トの流れも、順調だ。
それに、妖魔の始末については『妖所』に一任されてある。
つまり、今どき戦闘なんてするのは『妖所』ぐらいなものという事だ。
だから『妖所』に所属する事になったらしいのだが…………はた迷惑な話だ。
あれで、セラフ(四大天使)のNO.1、ミカエルの娘だというから驚きだ。
セラフというのは、天使の九階級の内、第八階級の大天使の中でも特に抜き
んでた四人の事を言う。
ミカエルの他には、ガブリエル、ラファエル、ウリエルといった、天使にとって
憧れの存在がズラリと並んでいる。
ちなみに俺たち天使は、最下級だ。
そういうわけで、妖魔潰したり、暴走するビスタを止めたりして大変な毎日
を送っているため、寝る時間がかなり少ない。
おまけに最近、妖魔の発生件数が増加の一途を辿っている。
デタントの流れが乗り始めてきたので、反対派の連中も焦っているのだろう。
完全に流れに乗れば、反対派は独立愚連隊になってしまう。
おかげさまでここ最近、前よりもろくに寝ていない。
だから、間抜けな間違いがないように鏡を見ながら着替えているというわけだ。
しかし……………もしかしたら、前よりゴツくなったかもしれない。
俺は、あまり筋肉ムキムキな体にはなりたくないのだが………
青く滑らかな(なめらかな)長髪。刃物のように鋭く、血のように赤い双眸
(そうぼう)。整った凛々しい顔立ちに、長身痩躯(ちょうしんそうく)………
というには少々無理があるような、少しがっしりとした体格。
自分自身、結構イケてるかもしれないと思うほどの容姿だが、境遇のせいか、
はたまたここの女性は男には関心がないのか、あまりモテない。
ま、俺にとってはどうでもいい事だが。
自分の姿に少々悲しみながらも、俺は手っ取り早く着替えを済ませた。
着替え終わったのと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「早くいかないと、遅刻しますよ」
「言われなくても分かってる」
ちっ…………いつもの事だが、朝から嫌な奴が来やがった。
「分かってるなら、さっさと出てくる事ですね」
「はいはい、今出てやるよ」
俺は、わざと不機嫌な声を出してやった。
そんな事をやっても何にもならない事は分かっていたが。
「さっさと行きましょう。もうすぐ彼女の支度も終わります」
ドアを出た俺の前にいたのは、黒いスーツに身を包み、小脇に何かの資料のよ
うなものを持っている、黒目黒髪の男だった。
この男の名は、トルク・ヘイムダル。
俺と同じハーフだ。だが、俺は人間とのハーフで、こいつは悪魔とのハーフだ
が…。
俺はどうにも、こいつを好きになれない。
まずハーフである事にコンプレックスを抱いている所が気に入らない。そして、
そのせいだろうとは思うが、仕事最優先思考なのも気に入らない。なおかつ、悪
魔だけあって毒舌を吐きまくりやがる。
だが、時々は一緒に仕事をする事もあって、最近はこんな奴が居てもいいかな
と思えるようになってきた。
犬猿の仲なのは変わらないが。
ちなみに、俺のフルネームはセノル・プルートー。ビスタは、ビスタ・アフロ
ディーテと言う。
「しかし、良かったですね」
いきなり、トルクが話し掛けてきた。
「?良かった?何がだ?」
突然の事で、俺にはさっぱり意味が分からなかった。
そんな俺を見ながら、トルクは意味深な笑みを浮かべた。
「彼女の支度が遅いって事は……今日も見たんでしょう?彼女の寝起き」
「だったらどうした…………別に良くねぇよ」
何を言うかと思えば……………下らん事を。
確かに、ビスタは可愛い部類の上位に入るだろう。
短髪だが、艶のある金髪。活き活きとした大きめの薄茶色の瞳。童顔だが、美
しい顔立ち。少女と言える年齢だが、立派に出る所は出て、締まる所は締まって
いる。
だが、俺にはだからどうしたとしか思えん。第一、そういう事に興味はない。
「ふむ……………そういう事を言うと、また敵を増やしますよ」
「別に構わんさ。今更何人増えようと関係ない」
俺は産まれた境遇のせいか、周りから結構嫌われている。
だから、俺に敵意をもった奴なんて腐る程いる。こんな状況で、敵が増えても、
それこそ本当にどうでもいい事だ。
「おっ待たせ〜!」
腹立たしいほどの明るい声をあげて、ビスタが部屋から出てきた。
相変わらず、空気を読まない奴だ………………
俺達三人が顔見知りになったのは、仕事の関係上、仕方が無い事だった。
普段は俺とビスタで組む事が多いが、人数が必要な時は、大抵トルクが加わる。
そういう理由で、顔見知りになって、今では毎朝三人一緒に出ている。
…………俺は、なるべくなら一人で行動したいのだが…………
「それじゃ、行こう♪」
ビスタの脳天気とも言える声を合図に、いつも通り、三人で仕事場へと歩いて
いく。
派手な飾りもステンドグラスもないが、それがかえって、白い、清潔感溢れる
この神殿に、神聖さを醸し出している。
そしていつも通り、俺は一人、途中で道を曲がる。
もう日課となった、幽閉された父に会うためだ。
トルクも、ビスタもこの事は了承している。二人とも、何も言わずに曲がり角
で待っていてくれる。
その道は、下に傾いていた。
俺はそのまま真っ直ぐずっと歩いていき、先程の清潔感と神聖さ溢れる神殿と
はうって変わって、暗く、どんよりとした雰囲気の空間へと辿り着いた。
ここは、重罪を犯した者が入れられる、『永劫闇縛所』(えいごうやみばくしょ)
--略して『闇所』--…………俗に言う、地獄に近い場所だ。
俺はこの『闇所』所属で門番の仕事中の天使から鍵を貸してもらい、奥へと進
んでいった。
俺の親父は、ここの一番奥の重圧感のある扉の向こうにいる。
よくもこんな所に長年いて発狂しないものだ。
俺は、毎回ここに来る度に感心してしまう。俺だったら、こんな所に1日いた
だけで、精神が狂ってしまうだろう。
実際、こんな機関がつくられたのも、死刑に代わる最も重い刑としてだった。
重々しい扉を開き、俺は十字架に張りつけにされ、触手のようなもので全身を
絡め捕られて、ぐったりとしている親父に目をやった。
「よう…………気分はどうだ?」
「…………こんな状態の奴に言う台詞じゃないな」
相も変わらずよく言う。一等危険な場所にいるというのに、親父の精神はまった
く壊れた様子は無い。
呆れ返るほどの精神力だ。
「折角息子が会いに来てやったのに、そんな言いぐさはないだろう」
「お前も、もう少し父親を労る(いたわる)事を言うんだな」
「じゃ、労ってもらえるような父親になれよ」
「人の状況を考えてからものを言うことだな、セノル」
端からみれば喧嘩しているように見えるだろうが……………まぁ、時々は喧嘩す
るが……………これは、親子のコミュニケーションというやつだ。
少し刺々しい気もするが、実際、この前まで俺は本気で親父を憎んでいた。
今では、多少親父の気持ちも理解できるようになって、憎めなくなった。
だが、それでも完全にわだかまりが解けたわけじゃない。俺がこんなに肩身の狭
い思いをしているのは、元はと言えば、親父のせいなのだから。
「キリスト教の十字架に張り付けられているのは聖者だそうだが……………皮肉
なもんだな。神の世界の十字架には、正反対の愚者(ぐしゃ)が張り付けられてい
るなんてな」
「残念だが、俺はどこの宗教の信者でもないんでな。それとも、この世界にもキ
リスト教があるのかな?」
「はずれ。この世界には宗教なんてねぇよ。俺達が『神』や『天使』なんだから
な」
「…………それもそうだな。だが、何かを信じ、同じものを信じる者が多ければ、
それは『宗教』と言えると思うが?」
一瞬、考え込むような顔をしたが、すぐに親父は言葉を返した。
いつもそうだ。神とか天使とかいう言葉を出すと、何か俺に言いたげな顔で考え
込む。
何か隠しているような気がしてならないが……………別段、知りたいわけではな
いのでいつも放っておいている。
親父の言う事だ。それほど気にする事でもないだろう。
「さぁな。親父の言うことを信じれば、この世界にも宗教はあるかもな。………
そろそろ時間だ。また会うかもな」
「心配せずとも、お前が死ぬまで死なんさ」
「生き過ぎだ。いい加減死んどけ」
短い会話を済ませ、俺は捨て台詞を吐きながら戻っていった。
鍵を返し、早足であいつらが待っている所へと急いだ。
二人が待っている所まで辿り着くと、いつものように何も言わずに、トルクもビ
スタも、俺を出迎えてくれた。
そして、また俺達三人は、一緒に仕事場へと歩き出す。
いつものように、いつもの顔に会うために…。
前編 end
それにしても、区切れるところがなくて困った。もう少し区切りを作ったらいかが?
なんだかどんどか行ってる感じがするざますよう。あーいじり魔の戯言でした。
あー疲れた。読みやすいのと楽なのは隣り合わせにはできんって感じだ。意味分か
りませんね。すみません。
でもまぁーありがとうございました。載せるのが遅くてすみません。これからは連
載形式ってことで、ばしばし載せていこうと思ってます。
次は外伝ですね。あっちは私も好き。もちこっちも好きよ。これからもよろしくっす。
みなさん感想送ってみてください。私経由で彼へ行きます。お待ちしてます。