グリブル小説「音」
 

 

 ……音が聞こえる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザアアアアアアアアア……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じていた眼を、そっと開いてみる…が……何も変わらなかった
 その眼の前に広がっていたのは、一分の光すら見いだせない闇の世界…何も見えない
 …しかし…どこか懐かしく思える、何も感じることの無い感触…

 

 ……音が聞こえる

 

 

 ザアアアアアアアアア……

 

 

 ……これは『夢』なのだろうか
 そう思い、ギュッと頬をつねってみる
 …痛みを感じない……いや、わからない

 

 …いや、今…俺は本当に『頬をつねった』のだろうか?

 

 上げた右腕の『感覚』がない…それほどまでに深い…闇
 腕が動いたのか、この眼で確認出来ない

 

 …今、俺は本当に『頬をつねった』のだろうか?

 

 ……音が聞こえる

 

 

 ザアアアアアアアアア……

 

 

 この闇の世界で、唯一四方八方から聞こえる…この音は何なんだろうか…わからない

 

 それは雨が屋根を打ちつける『音』かもしれない
 それは風で木々が揺れ騒ぐ『音』かもしれない
 それは流れる水が岩にぶつかりたてる『音』かもしれない
 それはラジオが出す騒『音』かもしれない
 それは街々における人々の歩く『音』かもしれない 
 それはただの耳鳴りなのかもしれない

 

 ……わからない、どこから聞こえるのだろう

 

 

 

 

 

 俺は歩いてみた
 見当も無く、適当に…『音』がしているかもしれない方向へ

 

 

 

 

 …着かない、辿り着かない…いつまでも……いや、それもわからない

 

 何故なら、今の俺には…歩いているという『感覚』が無いからだ

  足に何かが取り憑いているのかもしれない、同じ所をぐるぐると回り歩いていたのかもしれない
 …わからない、地にあるはずの感触すら無い

 

 ……終わりが見えない、疲れた…いや、疲れない

 

 

 …そうか、これは『夢』だ
 その結論は酷く弱々しく、また自信を以ての…その『証明』は出来ないのだが……

 

 …今の俺は『正常』だろうか
 誰もいないこの世界で、いったい…何を確かとすれば良いのだろう

 

 ……音が聞こえる

 

 

 ザアアアアアアアアア……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺は柔らかいベットの上にいた

 

 ベッドからムクリと起きあがって時計を見てみる、現在時刻…真夜中の二時過ぎ…
 素肌に柔らかいベットの『感触』
 少し前まで汗ばんでいた右腕もキチンと見える
 そして、それらは酷く懐かしいものに思えた

  

あの世界は…やはり夢だったのだろうか?

 

 「……『夢』、か…」

 

 それでいいのだろうか
 何か、何かがおかしい…と思う
 …何故だろうか

 

 「……う、うん…もう朝? …あれ、どうかしたの…?」

 

 と眠い眼をこすりながら、ブルーが声を発した…どうやら起こしてしまったようだ
 このままではブルーが完全に目が覚めてしまう、俺は彼女に言った

 

 「…まだ夜中だ、寝てろ。 ……仕事で疲れているんだろう?」

 「…そうね。 …にしても珍しいわね、グリーンがこんな時間に起きるなんて…」

 「老人だってこんなに早起きじゃないわよ」と言い加えた、そして「何かあったの?」と訊いてきた
 …やれやれ、コイツにはかなわない
 グリーンは素直に白状し、嘘を吐いた…

 

 「…そうだな、夢をみたんだ。 …何も無い…つまらない夢をな…」

 「……そっ、じゃあ…おやすみ」

 

 あまり興味を示さず、ブルーがまた布団に潜り込んだ
 …規則正しい微かな寝息がこの耳に届き、聞こえる
 グリーンはふぅとため息をついた、そして…彼女の髪をそっと撫でた
 そのついでに、このくらい部屋からでもよくわかる程に柔らかで、白い肌にも触れてみる
 それから髪がかかった耳たぶに触れ、ふっと息を吹きかけると、彼女はくすぐったそうに寝返りをうった

 

 …良かった
 興味を示されても困るからな

 

 ……あまりにも重すぎて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …眼が冴えてしまった、グリーンは部屋の中を見渡した
 何一つ、いつもと変わらない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えたことはあるだろうか、人間の『感覚』の全てを司るのは…
 …当たり前のことだが、機能をしている所を見たこともない『脳』だということを

 

 俺は頬をつねった、今度は『痛い』
 …これは『神経』が、『脳』がそう『感じた』からである
 目の前に広がる世界も…この眼を通して、視覚という『五感』を通して『脳』が『感じて』いるのだ

 

 

 

 

 …何が言いたいのかと言えば、この世界は本当に『現実』…なのだろうか?

 

 ただ『脳』がそう『感じて』いる、だけ…なのかもしれない
 それはわからないのだ
 そんなこと確認のしようがない

 

 …つまり誰にも『証明』ができないのだ

 

 誰かが言った、「この世界は現実だ」
 …その人が実在していることを誰が証明出来る?

 

 結局の所、この世界が『現実』かどうかなんて…誰にもわからないのだ
 俺達は『脳』という生き物に支配された、器の囚人なのだから

 

 

 

 

 

 …隣でブルーが寝ている、先ほど会話もした…本当に?

 

 ……もしかしたら、別人かもしれない、誰もわからない
 ただ『脳』がブルーだと『判断』しただけなのだから
 悲しいことに、それは誰にも…『証明』出来ないんだ

 

 先程の『夢』で俺は頬をつねった
 『痛み』は感じなかった

 

 本当に?

 

 『夢』では『痛み』を感じない
 …そういった『脳』の知識が、先程の『痛み』を認めなかったのかもしれない
 たとえ『痛み』を感じようと、それは過ちであり否定されるものだと脳が判断してしまったのかもしれない

 

 …あれは本当に『夢』だったのだろうか?

 

 

 

 

 ……いや、むしろ…これ、この『現実』が『夢』なのかもしれない

 

 …恵まれた環境、柔らかいベット…

 

 総て出来過ぎてはいないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …つまり、あの闇の世界が…俺の本当の『現実』なのかもしれない

 

 あんな世界だ…こんな『状況』にいたいという『夢』ぐらい思うだろう
 そして脳は『本当の現実』を無視し、この仮想世界を真実と思い込ませている…のかもしれない

 

 

 …いや、もしかしたら…俺は今『植物人間』なのかもしれない

 

 『生きたい』という願望が…この世界を創っているのかもしれない

 

 

 …いや、もしかしたら…これは長い永い『走馬燈』の一部なのかもしれない

 

 となると俺は既に『死』んでいるのかもしれない、大きな事故に遭う直前かもしれないな

 

 

 …いや、もしかしたら…俺はまだ生まれていないのかもしれない

 

 何故なら、そんな莫迦げたことですら…証明し得ないのだから、もう何でもアリだろうな

 

 

 ……どれが『現実』なのだろう、目に見える所で機能しない『脳』は…一切教えてはくれないのだ

 

 総てを疑うことしか出来ないのは、俺達が『脳』という生き物を仮にも認識してしまったからに他ならない
 知らなくても良いことを、またそれ自体が本当にあるのかもわからないまま…総てを一方的に呑みこみ信じ続ける

 

 でなければ、その先にあるのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……眠くなってきたな」

 

 次に目が覚めたら…あの闇の世界にいるかもしれない

 

 

 次に目が覚めたら…沢山の機械に囲まれた病室の中かもしれない

 

 

 次に目が覚めたら…沢山の遺族に囲まれているかもしれない 

 

 

 次に目が覚めたら…俺は産声を上げ、白衣を着た奴らに祝福を受けているかもしれない

 

 

 ……それとも…恵まれすぎて、出来過ぎた…これが『現実』か

 

 

 

 

 「……楽しみだな」

 

 グリーンは毛布にくるまり、そっと眼を閉じた
 背中越しに、直に伝わってくる彼女の体温が彼を酷く責め立て、悲しませた
 そして次第に薄れていく感覚と意識の中で、それらは『現実』なのかと…応えるはずのない『脳』に問いかけた

もう、二度と感じられないのかもしれないのだから…

 

 

 

 

 聞こえてくる…懐かしいあの『音』…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザアアアアアアアアア……

 

 

 ……音が聞こえる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………『音』…………………

 


クリアー・ド・フォッグ様にいただきました!!
あたしが昔思ったことです。思わず兄さんに共感できたので、載せさせていただきました。
みんなはきっと思ったことはないでしょうが、自分はたまに、そこにいるのがおかしい気分に、普通になったりすることがあるので思ったことがあります。もしかしたら、自分は本当はここにいなくて、今までしてきたことは夢で、産まれたときからずっと植物状態で、目が覚めたらたくさんの機械が並んでたりするのではないだろうか、起きたら自分はもの凄く年老いた手を目にしたりするんじゃないだろうかとか、とにかく途方もなくそんなとりとめのないことを考えたことがあります。産まれてないとか、別のほうには考えなかったですけど、植物状態は考えたかも。なんでかな。救命病棟24時初期作を見たからかもしれないですね。たしかその時代だったような気がします。ここ最近は思わなくなりましたけどね。現実に不安定感を感じるとそうなるみたいな感じもあります。兄さんも何かしら、今の自分を見失うような何かがあったのかもしれませんね。
っていうか自分的つっこみは、姉さんと一緒に寝てるのかよ!!!!ってとこですかね。うふふ。幸せに(こら)
本当にありがとうございました。

俊宇 光