……音が聞こえる
ザアアアアアアアアア……
閉じていた眼を、そっと開いてみる…が……何も変わらなかった
……音が聞こえる
ザアアアアアアアアア……
……これは『夢』なのだろうか
…いや、今…俺は本当に『頬をつねった』のだろうか?
上げた右腕の『感覚』がない…それほどまでに深い…闇
…今、俺は本当に『頬をつねった』のだろうか?
……音が聞こえる
ザアアアアアアアアア……
この闇の世界で、唯一四方八方から聞こえる…この音は何なんだろうか…わからない
それは雨が屋根を打ちつける『音』かもしれない
……わからない、どこから聞こえるのだろう
俺は歩いてみた
…着かない、辿り着かない…いつまでも……いや、それもわからない
何故なら、今の俺には…歩いているという『感覚』が無いからだ 足に何かが取り憑いているのかもしれない、同じ所をぐるぐると回り歩いていたのかもしれない
……終わりが見えない、疲れた…いや、疲れない
…そうか、これは『夢』だ
…今の俺は『正常』だろうか
……音が聞こえる
ザアアアアアアアアア……
……俺は柔らかいベットの上にいた
ベッドからムクリと起きあがって時計を見てみる、現在時刻…真夜中の二時過ぎ…
あの世界は…やはり夢だったのだろうか?
「……『夢』、か…」
それでいいのだろうか
「……う、うん…もう朝? …あれ、どうかしたの…?」
と眠い眼をこすりながら、ブルーが声を発した…どうやら起こしてしまったようだ
「…まだ夜中だ、寝てろ。 ……仕事で疲れているんだろう?」 「…そうね。 …にしても珍しいわね、グリーンがこんな時間に起きるなんて…」 「老人だってこんなに早起きじゃないわよ」と言い加えた、そして「何かあったの?」と訊いてきた
「…そうだな、夢をみたんだ。 …何も無い…つまらない夢をな…」 「……そっ、じゃあ…おやすみ」
あまり興味を示さず、ブルーがまた布団に潜り込んだ
…良かった
……あまりにも重すぎて……
…眼が冴えてしまった、グリーンは部屋の中を見渡した
考えたことはあるだろうか、人間の『感覚』の全てを司るのは…
俺は頬をつねった、今度は『痛い』
…何が言いたいのかと言えば、この世界は本当に『現実』…なのだろうか?
ただ『脳』がそう『感じて』いる、だけ…なのかもしれない
…つまり誰にも『証明』ができないのだ
誰かが言った、「この世界は現実だ」
結局の所、この世界が『現実』かどうかなんて…誰にもわからないのだ
…隣でブルーが寝ている、先ほど会話もした…本当に?
……もしかしたら、別人かもしれない、誰もわからない
先程の『夢』で俺は頬をつねった
本当に?
『夢』では『痛み』を感じない
…あれは本当に『夢』だったのだろうか?
……いや、むしろ…これ、この『現実』が『夢』なのかもしれない
…恵まれた環境、柔らかいベット…
総て出来過ぎてはいないだろうか?
…つまり、あの闇の世界が…俺の本当の『現実』なのかもしれない
あんな世界だ…こんな『状況』にいたいという『夢』ぐらい思うだろう
…いや、もしかしたら…俺は今『植物人間』なのかもしれない
『生きたい』という願望が…この世界を創っているのかもしれない
…いや、もしかしたら…これは長い永い『走馬燈』の一部なのかもしれない
となると俺は既に『死』んでいるのかもしれない、大きな事故に遭う直前かもしれないな
…いや、もしかしたら…俺はまだ生まれていないのかもしれない
何故なら、そんな莫迦げたことですら…証明し得ないのだから、もう何でもアリだろうな
……どれが『現実』なのだろう、目に見える所で機能しない『脳』は…一切教えてはくれないのだ
総てを疑うことしか出来ないのは、俺達が『脳』という生き物を仮にも認識してしまったからに他ならない
でなければ、その先にあるのは……
「……眠くなってきたな」
次に目が覚めたら…あの闇の世界にいるかもしれない
次に目が覚めたら…沢山の機械に囲まれた病室の中かもしれない
次に目が覚めたら…沢山の遺族に囲まれているかもしれない
次に目が覚めたら…俺は産声を上げ、白衣を着た奴らに祝福を受けているかもしれない
……それとも…恵まれすぎて、出来過ぎた…これが『現実』か
「……楽しみだな」
グリーンは毛布にくるまり、そっと眼を閉じた
もう、二度と感じられないのかもしれないのだから…
聞こえてくる…懐かしいあの『音』…
ザアアアアアアアアア……
……音が聞こえる
…………………『音』…………………
俊宇 光 |