グリブル小説「3月の終わり、昼下がり」
 

 

3月の終わり、昼下がり、土手の上、散歩道。アタシは見覚えのある背中に、首筋に、思わずとびはねる。
どっかーんとぶつかってみると、その肩越しにギロッとにらみつける彼に一言。
「うわ、目つき悪」
「……」
アタシはそれに構わず、ぎゅーっと彼の背中からのしかかるように体重をかけつつ右肩にあごを乗せてその手元を覗き込む。ねーねー、そういやさぁと声に出したところで彼の手には文庫本があるのが目に入る。
「読みながら歩くと危ないわよー?」
「少なくとも、お前のすてみタックルほど危なくない」
「何読んでるの」
歩くのをやめない彼にからみつくアタシは、ずるずるとこの足を地面にこすりながら引きずられている。止まってくれてもいいじゃないのよ。
「えーと、んもう何読んでるのよー」
ぐいぐいと彼に乗っかったまま頭を押しのけ、手元の文庫本の中身を読み取ろうとする。
彼は意地悪く文庫本を閉じ、アタシが口をとがらす前にそいつの角でぽかりと一撃くらわせた。
痛い。アタシは手を離し、叩かれたところを押さえる。
フン、と彼はそのまま歩いていってしまう。
と思ったら、彼は振り向かずにこう言った。
「邪魔するな」
はい、アタシはこう解釈します。
『読書の邪魔をするな。普通についてこい』
まったく、言葉が足らないてーの。
アタシは駆け、彼の横に並んで歩く。ついでに文庫本を持っている左腕、脇との隙間に自分の右腕を絡める。
読む分にも歩く分にも邪魔にならないように、寄りかからないように彼の左肩の方へ、ほんの少し首をかしげる。
何も言わず、彼は歩き続ける。でも、アタシは気づいてるからね。
さっきより、歩幅が狭く、ゆっくりになってること。アタシに合わせてくれてること。
「で、何読んでるの?」
「……和のたなごころ」
「どんな本?」
「小説。人を殴ることしか出来なかった不良が和菓子職人の道を進んでいく物語」
「ふーん」
聞いてきた割に興味を示さないアタシに彼は何か言いかけてやめたようだ。別に読んでる本に興味があるんじゃないんだもん。
そんなやり取りをしながら土手道を歩いていたら、いいタイミング、和菓子屋さんが土手を下りた道の反対側にあるのが見えた。
遠目で桜餅と筆文字が見え、グリーンもアタシの視線に気づく。
「ちょっと待ってて、すぐ買ってくるから」
「おい」
アタシは土手を滑り降り、駆け足で店の方へと走っていく。
背中の方からひとつ息をつくのが、振り向かないでもわかった。

桜餅と温かいお茶を買って店から出ると、土手の上に彼の姿はなかった。
アタシはつま先に力を入れて土手を登り、いた道に戻り、その向こう側を覗き込むように見下ろす。
いた。
彼は土手の中腹に座り込み、文庫本の続きを読んでいた。
アタシを置いていっちゃうやつじゃないってわかってるから、土手の向こう側しか見なかった。
「読みすぎ。第一、光反射して読みづらいでしょ」
彼は無言で文庫本を閉じ、アタシはその横に滑り込んで座る。
ビニル袋からお茶と個別に入れてもらった彼の分の桜餅を取り出し、渡す。
「おだんご、あんとみたらしどっちがいい?」
「みたらし」
「おいなりさんとかんぴょう巻きはいる?」
「かんぴょう巻きをひとつくれ」
「おにぎりは鮭と梅の2種類だけど」
「……いくつ買ってきたんだお前は」
ごちゃごちゃとビニル袋のなかからパックを取り出すアタシを見て、彼はあきれている。しょうがないじゃない、和菓子屋さんって仏事用とかこういうのとか多くて目移りしちゃうんだもん。
「だからって全部買ってくるやつがあるか」
「大人の特権」
ふふんと笑うアタシに更にあきれつつ、彼がみたらしだんごを口に入れる。アタシも鮭おにぎりをほおばり、お茶を一口飲む。噛みしめるほどあまいご飯を鮭の塩気が引き立て、しけた海苔を噛み切って、渋みのあるお茶……あーもー日本人に生まれて良かったー!
野暮なツッコミもなく、彼もだんごをそしゃくする。
もぐもぐもぐとあっという間にひとつたいらげ、アタシはもうひとつおにぎりをつかんだ。あー、んと大きな口を開けたところで横の彼がまた息をひとつついた。
「ご飯粒」
「ん?」
「ついてるぞ」
短く、切って彼が告げる。それでも気にしないアタシに彼が腕を出し、指で示そうと伸ばした右腕。
ぐっと顔を前に出し、彼のその右腕に口元をくっつける。あっ、という表情を彼が見せる。
きゃっ、とふざけ身構えると彼は無言でぐりぐりとアタシのこめかみをげんこつではさみこむ。怒ってる怒ってる。
あははははとアタシが笑いながらそれから逃げ、またおにぎりをほおばる。こっちは梅、スッパ〜と表情で表すようにぎゅっと目を細める。
何をそんなにはしゃいでいるのか、と彼はアタシを放置し始める。それは寂しい、とまたアタシはその横に座っておいなりさんに手を伸ばす。
「……またついてるぞ」
一応注意してくれる彼、うん、これはわざとなの。
「じゃ、取って」
何度も同じミスするアタシじゃない。ん、とあごを少し持ち上げてみせる。
彼は少し考えて、食べ終えただんごの串で素早くアタシについているご飯粒を刺して制した。
……舐め取るとか期待してたのに、てか凄いけどさ、その技も。
「いつになくテンションが高いな」
彼が白とセットになってたまんまるの薄緑色したおまんじゅうをひとつ手に取り、妙な妄想をしているアタシを見やる。
うん、春だから。
「そうか」
あ、納得した。ついていくのが面倒になったのかも。
彼はじっと自分の手の上のおまんじゅうを見ていて、アタシは食べないの?と声をかける。
「たなごころのたま」
「?」
「さっきの本で出てきただけだ」
何の気なしに彼は一口で口に入れてしまい、お茶を飲んだ。
それからアタシも落ち着いて、腰をすえて、買い込んだ和菓子を片付け始める。目に付いたものを手当たり次第に買ったから、結構な量だ。彼にも勧めるが、やっぱり2人じゃ多いかもしれない。
アタシは神妙な顔つきでボールを手に取り、開閉スイッチを押し、ボンボンッとなかにいる皆を出してあげた。2人の手持ち、合わせて11体出てきて2人を囲む。
わいわいと和菓子のパックを覗き込み、もぐもぐと食べ始め、どんどん空きパックが増えていく。身体の大きなリザードンや下を向きっ放しのカメちゃんを見て、思う。
「これじゃ足りないわね」
そうアタシが立ち上がるのを彼が腕をつかんでがしっと力強く止めた。かこつける気なんだろうがもういい、というのだろう。残念。
とでも諦めると思った? 桜餅よりあまーい。
つかまれているアタシの腕がにゅるんと滑り、彼の手からすり抜けた。へんしんしたメタちゃんでした。
彼を笑うようにべーっと舌を出し、土手をまた駆け上がって店へと走る。今度は棚の端から端まで3つずつ買っちゃおう。
背中の方からがくっとうなだれ、またまたひとつ息をついたのが振り向かないでもわかった。

ポケモンの皆を出してのお茶会も終わり、残ったのは空きパックの山だ。
お昼過ぎ、おやつにしては多いだろと彼が言う。別腹だもの、気にしない。
「……ただ好物を前にした時、胃の収縮運動によってそれが入るだけの隙間が作ろうとするのが別腹と呼ばれるものであって、決してそこに入れば太らないわけでは」
うん、わかってるってば。
「ところで、お前」
彼が何かに気づいたように、カメちゃんを見やる。
ごめん、聞こうとしてたこと思い出した。
ぶあっくしゅ、と盛大なくしゃみがカメちゃんから出る。単にその飛沫だけならいいのだけれど、同時にはずみで2つの筒から水が溢れ出す。
あっけにとられた彼はびしょ濡れになったアタシを見ている。笑ってもいいわよ、ええ。
「ポケモンの花粉症ってどうやって治せばいいの?」
「……」
3月の終わり、うん、春のいい陽気でさぞかし花粉もよく飛んでることでしょう。そうだ、彼に会ったら聞こうと思っていたのだ。けど、ごめん、はしゃいでて頭から抜け落ちちゃってた。自分のポケモンなのに。ごめん、カメちゃん。下向きっ放しだったの、そういうことか。
春先とはいえ、水も風もまだ冷たい。
彼はリザードンとメタちゃんに指示をする。リザードンの火にあてさせてくれ、メタちゃんが覆いにへんしんして目隠しになる。濡れた服をそこで脱いで、外から投げ入れてくれた彼の服を着る。
「お騒がせしました」
「……」
気まずい。テンション高かっただけに。アタシはそういう風に、彼の前に出ようとする。
……駄目だ、彼の匂いのする服で顔がにやけちゃう。ほんっとまずい。そんな表情を隠すように袖口を口元まで持ち上げてみると、その長さをまじまじと見つめてしまう。サイズがまるで合わない、異性と身長差のもの。
「帰るぞ」
彼は何となく居心地悪そうにつぶやきながら、ごみを拾い上げる。アタシは素直にうなずいて、彼の後についていく。きゅっとその大きな背中の、服のすそをつまんで、てくてくと歩く。
土手道まで上がっても、そうやって2人は歩いていく。
「花粉症」
「え?」
「ポケモンセンターじゃ治らんだろうな」
「あ、うん」
「それに効くお茶というのを姉さん(ナナミ)が持っていた」
「うん」
「少し分けてもらえ」
「うん」
「ついでに服も借りろ」
「うん」
「……服のすそ、伸ばすなよ」
「うん」
彼の言葉に、アタシは微笑う。
彼の言葉の裏を汲んで、アタシはにやける。

3月の終わり、夕暮れ、土手の上、散歩道。アタシは頼もしい背中に、思わずごちんと頭突いた。
すそをつまんだままアタシがぐりぐりと押しつけてると、その肩越しにギロッとにらみつける彼に一言。
「ありがと」
「……」
きっと溢れてるだろう感情を隠しもしないアタシの表情に彼は再び前を見て、それからフと息をつく。見えなくてもわかる彼の表情、わかりにくい感情表現。
素っ気なくも先に歩く彼の背中があるから、風も寒くない。
そしてふと思い出す彼の言動、和菓子の名前。
偶然じゃないその一致に気づいたアタシは、それに対して遅れて彼の背中をバシッと叩いた。またにらまれる。ごめん、照れ隠し。
これがわかったらたいしたものね。わかりにくすぎ。でも直接的なアタシなんか目じゃないくらいの、最上級のデレでした。コラ、そういうのは面もって言いなさいよ!

……さぁなんでしょう?

 

 



それと物語の終わりはクイズです。わかったら凄い(読者への挑戦すな)w ぶっちゃけるとオチがつかなかったから、そうしたんですけど……解けたらウチのブルーからグリーン検定準1級貰えます。頑張ってください。
え、いやその旨をサイト内ページで紹介しちゃ駄目ですよ? メールで答え合わせ小話送れとか要求しないでくださいね。ほんとですよ?
 
 

クリアー・ド・フォッグ様からいただきました!上のコメントは、彼がメールで送ってきてくれたときの本文です。あとがきぽかったので載せてみました(笑)っていうかまじ俺わかんなかったんだけど!答え教えてよ!小話書いてよ!!むきゃあ!!
そういえばタイトルがはたしてこれでいいのかわからず、小説自体にタイトル表記はしておりません。じゃあどこにあるのって?秘密。あは。
いやぁしかし、よくもまぁこれだけ6枚の絵から想像した話を1作にできるなぁって驚きました。その絵茶絵はこちら。
あたしの絵がしめになってるのがちょっともう!とにもかくにも萌えな感じでした。っていうかポケモンに花粉症なんてあるんでしょうかね。3月だから許されるネタ。更新が7月とかまじありえない。ごめんなさい(泣)本当にありがとうございました!!

俊宇 光