ある日の午後
俺は街中を歩いていた
「あ」
聞き覚えのある声がした
どうやら見つかってしまったようだ
「グリーン」
だだっとかけてきて、そいつは俺の腕をぎゅっと絡め取った
どうやら俺の静かな午後はここで終わりらしい
出来れば並んで歩きたくない
「失礼ね。見つかったって何よ。人を化け物みたいにさ」
ワンテンポずれてるが心の内を読まれたな
「アンタみたいな偏屈を相手に付き合ってれば、誰だってわかるようになるわよ」
うるさい女だ
「へーんだ」
そいつは俺の腕を力強く抱きしめ、頬ずりをした
わざわざその背をかがめてまで
俺よりも頭ひとつ分以上はゆうに背が高いその彼女の名前はブルー
並んで歩かれるといっそうに惨めな気分になる俺の名前はグリーン
信じられないことに、俺達は世間的には付き合っている
友人ではなく恋人関係として
『取り扱い注意』
「どこ行くの」
「……」
「ねーったらぁ」
とりあえず胸を押しつけるな
「研究所」
俺はそう素っ気無く答えてやった
「博士のお手伝い?」
「そんなとこだ」
「アタシも行っていい?」
来るな、と言っても来るんだろ?
「あら、グリーンがイヤって言うならついてかないけど?」
……好きにしろ
「そーする」
ブルーはそう言って、俺のあとをついてくる
やれやれ、と俺はブルーから少しだけ顔をそらしてため息をついた
勿論、バレないようにこっそりだが
じいちゃんの研究所についた俺達はなかに入り、電気をつけた
そこは押し入り強盗が入ったんじゃないとか誤解されるぐらい、汚らしく散らかり散乱した資料で滅茶苦茶になっている
「どーしたの、これ」
「今まで集積してきた資料の整理をしていたそうだ」
ようやくすべてのデータなどが出揃ったところで、緊急の会議が入ってしまったらしい
再び片付けることも出来ず、ナナミ姉さんもマサキと同じ会議に出るということで俺が続きをすることになった
「ビンボーくじ引かされたってわけ?」
そういうわけじゃない
俺からしてもこの未整理の資料の山は魅力的なものだ
一般人では見ることの出来ない極秘資料もあるから、身内分を差し引いても信頼されているということでもある
「そう」
そしてお前はこの次に「アタシと資料、どっちが魅力的なの?」と言う
「……」
顔色と無言からして当たったらしい
読み返してやったこともあり、俺は少しだけすっとした
「えー、じゃあここの整理が終わるまでグリーンとデート出来ないのー?」
いや、今日の予定にはそんなもの組み込まれていないのだが
「臨機応変。アタシも手伝うから、さっさと終わらせちゃいましょ」
そう言ってブルーは腕をまくり、張り切って資料の山に向かっていく
ひとつため息をついて、俺はその後に続くように片付け始めた
俺は背が低い
何故か、成長が止まってしまったかのように背が低い
実際、レッドと比べるとそう思えて仕方ない
周りは「成長期はこれから」「まだ伸びる」などと慰めてくれるが、むしろその方が情けなく惨めに追い討ちをかけてくれる
今やブルーにも抜かされ、少し成長したイエローよりわずかに大きい程度だ
そして、彼女となったブルーと並んで歩くことが多くなった
「この資料はどこ置く?」
「ナンバーの札がついてるから、そっちの棚でいいだろ」
「オッケー」
ブルーがよいしょっと力強く書類の束を抱え、棚の方に運んでいく
女性の割に腕力があり、さっさと終わらせたいからか動きも機敏で頼もしい
しかし俺も負けてなどいられず、段ボール箱に詰め込まれた資料を持ち上げた
背は低いが身体は鍛えている
このくらいの重さ、どうってことはない
見えなかったけれど、背後でブルーがへぇっと感心したような気がした
いちいちそんなことで驚かれても、この力はな……
…………しまったな
段ボール箱を抱える俺の目の前にある棚の一番上から数えて2段目
置くには、俺の背では……脚立のような足場が要る
ぐっと背伸びをしてみるが、まだ足りない
腕をまっすぐに段ボール箱を高々と上げ、目いっぱい手を伸ばす
届かない
同時に無理に身体を伸ばしたせいでバランスが崩れた
なんとか倒れるのをこらえると身体が軽くなっているのに気づいた
ブルーがひょいと俺の手から段ボール箱を取って、棚の上に上げたのだ
バランスを崩したのも、ブルーが何も言わず後ろから補助しようとしたせいだろう
「……」
「そうイヤそうな顔しないでよ。手伝ってあげたんでしょ」
俺が息をつくと、ブルーは困ったような微笑んでいるような曖昧な顔をした
「だってさ、いくら力があるからって危ないわよ」
脚立を取りに行かなかったのは……意地かもしれない
背中に視線を感じたから、だろうな
それでも返事もせず俺は無言でかがみこみ、資料の整理を続けた
ブルーは俺の首に腕を回し、その背中にのしかかってきた
「聞いてんのー」
「……ああ」
「そんな顔しないでさー」
「生まれつきだ」
ブルーが甘えるようなすねるような声ですがるのを、俺は一蹴した
そう言うとブルーはむくれて、更に俺の背中に体重をかけてのしかかってくる
鬱陶しいが、俺はその体勢のまま作業を続ける
「別にさ。背なんか気にしなくていーのに」
俺はゆっくりと振り返ると、ブルーがのんびりとした口調で語りかけてきた
「アタシはグリーンが好きなんだもん。背が低いとか無愛想とか関係ないし、むしろひっくるめてぜーんぶ好き」
ぎゅーっと腕に力を込め、俺を抱き寄せるようにするが逆に苦しい
「でも、グリーンはアタシと並んで歩くのヤ? 身長差が気になる? プライドに障っちゃった?」
ブルーが俺を強く抱きしめたまま、こてんと首をかしげた
「どーなのかなー」
間を置いて、俺は勢いよく立ち上がった
思わずブルーの腕がほどけ、どてんと尻餅をついた音がした
「ったぁ」
「立て」
俺は短く、低くうなるような声でブルーに言った
首をかしげるブルーの手を取り、それを引いて起き上がらせる
ブルーが立ち上がれば必然的に俺は見下ろされる
「ほんと小っちゃいわよね」
苦笑するブルーが頭をなでようとするので俺はそれを払いのけ、じっとその目を見据えた
「背は気にしていない」
「え?」
真正面から、面と向かって見上げて言うにはキツ過ぎる
顔から火が出そうだ
「気にするとすれば、むしろ、お前は背の低い俺でいいのかと思ってたんだがな」
「グリーン……」
ブルーは身体を折り曲げぎゅうっと俺を抱きしめる
その光景ははたから見れば、ショタコンかブラコンにしか見えないだろう
ごく自然に、ブルーの顔が俺に近づいてくる
それを俺はやんわりと身体後と押し返した
ブルーが憂いの目で、俺に訴えかけてくる
「……お前と並んで歩いても、恋人同士に見られることは殆どない」
俺のその言葉にまだ気にしているのか、とブルーがほんの少し眉をひそめた
だから、俺はそれなりの努力をした
ブルーの身体に素早く手を回し、一気に鍛えてきた力を込めた
ふわっとブルーの身体が浮いた
当のブルーはぽかんとしている
自分より背の低い男にお姫様抱っこされれば、誰だってこんな反応をするかもしれないがな
「……えー、えっとね、大丈夫?」
失礼だな
何のために鍛えたと思ってる
「このため?」
基礎トレーニングに少し上乗せした程度だがな
「そう……」
ブルーがいきなり妙な笑みを、うふふふふふふとつぶやき始めた
唐突で不気味なので、このまま手を離してやろうかと思ったぐらいだ
「んー? こうして、さ。グリーンに見下ろされるのってずいぶん久しぶりだなーって」
まだ背丈が同じぐらいか俺がブルーより大きかった頃といえば、ポケモンリーグ以降……四天王事件前までか
あの頃は氷漬けにされたり、建物ごとそれを溶かしてみたりと色々無茶をやらかしたものだが関係無……
……『ベトベトンの体内の毒素に超遅効性成長阻害性のものがないか』と『夢食いによるエネルギー放出・消費と人体成長の因果関係』でも調べてみるか。何となく
そんなことを考えている間にブルーを抱えている手がしびれてきた
声に出すことはないが、先程の資料が詰まった段ボール箱より軽いということはないようだ
体格と姿勢の関係もあって長くは保たない
だから恋人同士しかやらないことを、もうひとつやっておく
俺はカワセミが水面下の獲物を捕らえるかのように、早く浅くついばんだ
本当に一瞬だったが、ブルーはこの上なく幸せそうに微笑んでいる
今までの憂いだの何だのをすべて吹き飛ばし、チャラにしてくれたようだ
「……それで、見下ろされる形でキスされるのも」
「悪かったな」
「うーぅん。新鮮だなぁって思っただけよ」
俺の腕のなかで甘えるようにじゃれつくブルーは愛らしく思えるのだが、抱えているそれは限界だ
男のプライド的には落とすような真似はしたくない
自発的かそれとなくそっと降ろしたいのだが、ええい駄々をこねるな
資料整理も終わってないだろうって、聞いてるのかっ
このっ、首に手を回すな
足が震えてるーっ♪って笑うな、というか笑うくらいならさっさと降りてくれ
しまいには放り投げ……首に体重かけるなっ
……ああ、こいつは極秘資料より男のプライドよりよほど扱いにくい
『取り扱い注意』の札でも貼っておくか
クリアー・ド・フォッグ様にいただきました!!
彼がアンケートで答えたときに、兄さんが低いのはそれはそれでおもしろいかもしれないというのを、絵茶で本を半額で売るうえで、何か話を書いてっていうのが一緒くたになったお話でした(えええ)ようは、あたしがリクエストして、この話を書いてもらったってことです。内容は彼が考えたのですけどね。
いやぁでも想像がつかない。兄さんが低いなんて。驚きだよねぇ。しかも頭一個分って。すげぇ。かろうじてイエローより高いのは心底ほっとした設定でした。そこまで低いのは、切ないよねぇえ。まぁでも身長高い姉さんは素敵だよね。モデルみたいで、すっごい素敵な体系なんだろうなぁ。
兄さんが思った以上に彼女を愛していて心底うはうはしました。このくらい姉さんを大事に愛してくれないかなぁ(えええ)ほんとなんかこう冷たい態度とるくせに、実は内心メロメロなんですって感じいいと思いまする。はっ!?ツンデレか?!いやぁああ。まぁ可愛いですよ、いいと思いますよ。人が書くグリーンはきもいと思わないのはなんでかなぁ。うーむ。
本当にありがとうございました!またなんかください!!(こらぁああ)
俊宇 光
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