言葉なき誓い
『あけましておめでとうございます。』 今日の零時にそう言ってから十時間。いつもは人通りのないひっそりとした神社にもたくさんの人が集まる。 「すっごい人ですね〜。」 「そりゃあね、初詣だから。」 着慣れない振袖で歩きにくそうになりながらも、イエローは楽しげに鳥居を見上げる。その隣でブルーも振袖を着てイエローが転ばないように見守りながら歩く。そしてその後ろで男二人。 「・・・・どうしたのよ〜?そんな後ろから歩いて。」 同じように楽しげに笑いながら、ブルーは後ろの男二人に振り返る。しかし、イエローのような単純に初詣が楽しくて笑う無邪気なものじゃなく、まんまと企みが成功して嬉しいという感じの笑いだ。二人はむっとしたように同時にブルーを睨む。 「・・・・・クリスマスカラー。」 「季節外れだ。」 「あら?お気に召さない?レッド君、グリーン様?」 「「・・・・・。」」 ・・・・・・お気に召さないわけじゃないけど。 イエローの振袖は赤い色、ブルーの振袖は緑色を主としたもの。振袖はエリカから借りた物だろうが、色を選んだのはおそらくブルーだろう。どうみても、狙ったとしか思えない。 「あ、変でした・・・?」 不安そうにイエローが、レッドに近寄り見上げる。いつもと違い髪を下ろした彼女の顔が近寄り、頬が赤くなる。フフフッと笑うブルーの声が何故か遠くに聞こえる。 「・・・・レッドさん。」 そんな時も彼女の声と心臓の音は近くに聞こえる。深呼吸をして安心させる一言を言おうとする。 「えと・・・・かわい・・・。」 「ひゃあ!!」 「あっ、イエローっ!」 突然、イエローが人混みにさらわれる。慌ててブルーがそれを追いかけ人混みの中へ紛れた。 不完全燃焼した深呼吸の気合。 「・・・・なんか今年は嫌な年になりそう。」 「そうだな。」
「すみません・・・・。」 「はぁ・・・あんた、チビなんだから気をつけなさいよ。」 レッド達とはぐれ、人混みから外れた場所でとりあえず落ち着く二人。 周りを見回しても人、人、人で誰が誰だかわからない。ポケギアを取り出すが、この騒がしさの中、着信音に相手が気づくはずがなく。 「・・・・・で、あんた達。」 パチンとポケギアをしまう。 「誰?」 先程からこちらを睨みつけている女の子、二人に顔を向ける。 「・・・・・何様のつもり?」 グループの一人が強い口調で答える。イエローは少しだけ震えながらも、二人の顔を見る。 「何であんた達が私達のグリーン様と一・・・。」 「行くわよ、イエロー。」 女の子の言葉を遮り、イエローの腕を引っ張り逃げようとする。しかし、もう一人の女の子がそれを遮る。 「逃げんじゃないわよっ。」 「・・・っ。」 間一髪・・・・・・なわけはなく。 ブルーとイエローはお互いの溜め息と苦笑を見せ合った。女の子はそれが気に障ったのか二人に啖呵を切る。 「人のことなめてるのっ!!!」 「年初めからご熱心なこと。」 呟くブルーにさすがのイエローも同意する。世間から見れば、彼女たちは可愛いという部類に入るだろうが、今はその可愛い目をつり上げて、こちらを睨んでいる。 しかしそれも、ブルーとイエローにとってはいつものこと。 彼女達はグリーンのファンだ。グリーンと仲良くしているイエローとブルーにときどきこうして嫌味を言ってくる熱狂的なファンがいるのだ。いつものなら、ただの友達ですから〜。と軽く流して逃げるところだが、相手が許してくれない。 怒りに一般的な判断ができない彼女達はついには自分のポケモンまで自分達の戦場に引き込む。 「ロコンっ!!」 「アゲハントっ!!!」 「・・・・どうしましょう?」 イエローが困った顔でブルーを見上げる。顎に手をやり頭の隅でこれからどうするかを考えながら彼女は答えた。 「あんたのレッドさんならなんて言う?」 「えぇっ?!・・・・・うーんと・・・。」 「なに?」 「『今年初のバトルかぁっ!!よしっ、楽しいバトルにしようぜっ!』」 ボールを掴み相手に予告ストレートのポーズをしてみせる。その姿は、ばっちりレッドそのままだ。 「ご名答。さすがイエローね。」 「へ?」 「やっぱりなめてるのねっ!!!」 「わぁ?!違うんです〜っ!!」 慌てて訂正するも彼女たちの耳には届いておらず。隣でブルーはすでに髪を頭の上にまとめボールを用意し戦闘態勢に入ってしまっている。こうなってしまっては取り返しがつかない。イエローは髪をポニーテールに戻し、ラッタの入ったボールを出す。 「・・・・・ロコン、お願いできますか?」 よしっ、イエローがやる気になったっ。 ブルーはボールからプリンを出し口元だけで微笑んだ。了解。と答えてロコンのトレーナーをじっと見据える。 「・・・・・・グリーンはあたしのよ。」 自分にしか聞こえない声で呟く。女の子達にはもちろんイエローにすら聞こえない。 「さぁ、行くわよっ!!ぷりりっ。」 相手に言わないのはそれを認識するのは自分とグリーンで十分だから。 他のどんな女の子が来ようとも去年の365日はあたしのグリーンだったから。 どうか今年も。
「いたっ!!」 数十分経ってやっと四人が再会する。ポケギアがバトルの後、やっと繋がり鳥居の所で待ち合わせになったのだ。再会したはいいが、イエローの様子が変だ。丸い瞳がとろんとしていて今にも寝そうである。ブルーと手を繋いでいなかったら、また人混みにさらわれてしまいそうだ。 「・・・イエロー?」 「ん・・・レッドさ・・・ん・・・。」 一生懸命に意識を保ちながら、レッドに反応を示す。ブルーはイエローの背中を押し、レッドにそれを任せる。 「さっき、バトル挑まれてね。その時アゲハントの眠り粉を少し吸い込んじゃったのよ。それで・・・・。」 「・・・あぁもうっ。」 ブルーの話が聞き終わる前に立ったまま寝てしまいそうなイエローを抱っこする。イエローは軽くレッドの服を掴み、赤ん坊のようにすやすやと眠り始める。 「イエローをどっかで休ませてくるからお前ら、先に、お参り行っててくれ。十二時にまたここな。」 時計を見ながらイエローをもう一回抱き直し、人混みの中へ紛れていった。 「・・・・・だそうだが?」 「そうねぇ〜、でもその前にちょっと。」 「ちょっと?」 グリーンを神社の外の誰もいない隣の小さな公園まで引っ張り出す。引っ張り出されることにグリーンは嫌がらない。ブルーはベンチに座り、自分の前にグリーンを立たした。そして、何の前触れも無しに彼の腰に腕を回し、しっかりとグリーンに抱きつく。 「・・・・・・おい。」 「なぁに?」 別になぁんも悪いことしていませんよぉと言う顔で頬を赤く染めたグリーンを見上げる。グリーンは去年と変わらない、わかりやすい溜め息を吐き、ブルーの頭の上にまとめた彼女の髪の下から現われた首筋を指先でそっと撫でてやる。 「バトルどうだったんだ?」 「弱かったわ、あたしとイエローのポケモンで一発KO。」 「・・・にしちゃ不満そうだな。」 「そう?」 ブルーはよりいっそうきつくグリーンを抱きしめてしばらく黙り込む。 「・・・・・・今年もあんたはあたしのものよ。」 目を少しだけ細くし、あどけない笑顔を見せる。そして、ますます赤くなるグリーンを追い込む言葉を呟いた。 「というわけで、あんたも何か誓いを立てなさい。」 「はっ?!」 「今日中に考えておくように。じゃあ、お参り行くわよ〜っ。」 言い終わった途端、グリーンから離れ、神社の方へ歩き出す。取り残されたグリーンは溜め息を吐き、後ろからそれについていく。 「・・・・・誓いねぇ。」 そんなもの誓わなくたって来年もこうしてやってそうな気がする。 まだ今年は始まったばかりなのにそんな気がする。 それはきっとあなたといたいからだ。 「・・・・・ブルー。」 「んー?」 「俺は誓いなんて言わないからな。」 言わなくてもわかって欲しい。 「言いなさい〜〜〜っ!!」 「誰が言うか。」 言わなくてもわかってもらえるように。
『今年もよろしくお願いします。』
って。
俊宇 光 |