小さな魚の国
『わかってはいるのだけれど納得できないことがあって、わからないのに納得しなきゃいけないこともある。
半分は他人について。もう半分は自分について。
ああ、本当にやりにくい。』
「……っていう出だしの本を見たの」
「……」
「つまらなさそうだったから読まなかったけど、表紙がきれいだったわ。青い魚が二匹、ゆらゆら泳いでるの。気持ちよさそうに」
「……」
「この文章の"他人"って、恋人のことっぽくない?私なら自分の恋人を"他人"なんて言ったりしないわ。しっかり"私のダーリンです"って胸を張るのに」
「……本気だろ」
「本気よ、もちろん♪」
そう言ってほがらかに笑ってみせると、グリーンはぼそりと、
「だったらちゃんと読んだらどうだ」
と言った。
だから私は、あらためてその本を借りて、読んだ。
私の予想通り、"他人"というのは主人公の"恋人"だった。
主人公と恋人はいっしょに旅に出て、いろいろな国を訪れる。旅に出たその日から、二人はすこしずつ不幸になっていくのだけれど、二人は片時も離れられない。
知らない土地で、言葉がちゃんと通じる相手がいない心細さに、耐えられなくて。
『彼が他人だったらよかったのに。同じ故郷の空気をまとった、ただの他人だったらよかったのに。』
私はこのフレーズに笑った。
これが恋人の旅にむりやりついてきた女の言い草!最後に主人公は一人で先に故郷に帰ってしまう。その別れ際、恋人に『私の代わりに』と言って、自分の『大切なお守り』を渡す。このシーンは読みながらクスクス笑いが止まらなくなった。
本の中の二人はとても真剣なのだけど、客観的に見てこんなにバカげて微笑ましい悲恋もないと思った。
自分の代わりを恋人に贈るなんて。臆面もなくそんなことができるなんて。
本当に微笑ましくて、バカげてる。
「それで考えたのよ」
「……何を?」
「私は絶対、アンタといっしょに旅なんてしないだろうなって」
グリーンは眉を上げた。何を言い出す、といった感じだった。
もっとも、ジムリーダーになったグリーンは以前のように気楽に旅に出られない。挑戦者とのバトルなんて、グリーンにしてみればつまらない限りだろうけど、それを選んじゃったんだから仕方ない。
ただ。
「ただ、もしグリーンが旅に出て、アンタに会いたくなったら、私は絶対に会いに行くわ。アンタがどこにいても、私はグリーンを見つけてみせる」
私は言いながら、自分のこの考えを誇らしく思った。
会いたい人に会いに行く、というのは、べったりとくっついたままでいるより、ずっと明快な行動だ。
そして相手にも明快に伝わるはずだ。あなたに会いたいのだということが。あなたが恋しくてたまらなくなるのだということが。
「だから、グリーンにもお願いがあるの」
私がわざとらしく、にっこり笑ってみせたので、グリーンは怪訝そうに眉を寄せた。
「アンタが私に会いたくなったら、すぐに私を呼びだして」
あなたがどこにいても飛んでいって、私はあなたを見つけだすから。
「何だそれは」
グリーンは戸惑うような、呆れたような顔をした。
「してほしいことがあるなら言え、ってアンタが言ったんでしょ。ちゃんと言ったんだから努力しなさいよ?」
グリーンは自分の言ったことを思い出したらしく、小さくため息をついた。
これでもグリーンの性格を考えに入れての、精一杯のお願いだった。
自分から会いに来て、と言わなかった分(あり得なさそうだったから)、私の方がグリーンの数倍努力しないといけない。
それでもいいと思った。あんまり好きじゃなかったけれど、努力なんて惜しくない。
グリーンは何か考えるように黙った。
そして、
「多分、必要ないな」
と言った。
「何が?」
「俺がお前を呼び出す必要がだ。多分ない」
「どうして?」
「俺がお前を呼び出す前に、お前が、俺が会いたくないと思うまで会いに来るような気がする」
「……あのね」
今度は私が呆れる番だった。
何自惚れたこと言ってんのよ、そこまでするわけないでしょう。
そう言いかけて、ふと思いとどまった。そこまでするわけがない、と言い切る理由がなかったからだ。
愕然としてしまった。
「驚いたわ。その通りよね」
私は笑った。本気で驚いた。グリーンは私が思っている以上に、私のことをわかっているのだ。
「いっしょに旅するより、ずっと素敵よね」
「さあな。俺にとっては同じに近いかもしれない。だから好きにすればいい」
グリーンは何でもないことのように言った。
私には聞き逃せない言葉だった。
「じゃあ、もし私の気が変わって、いっしょに旅がしたくなったら、ついていってもいいの?」
緊張した。
「だから、好きにすればいい」
胸がドキドキした。きっと、あんまりうれしくて、心臓が泣いていたんだと思う。
いっしょに旅なんてしない。そう思っていても、許されているのとそうでないのとでは、だいぶ違う。
もしいっしょに旅をしたくなれば、できる。それが許されているという安心感。
「グリーンと同じ国に生まれられてよかったわ」
心からそう思った。
「言葉が通じる国に生まれてよかった」
つまらないだろうと思いながら読んだ本の、表紙を思い出す。
青い二匹の魚が、ゆらゆらと泳いでいる。
私たちも、本の中の恋人たちも、まるでそうだった。恋人たちは別々の川を泳いでいった。私たちはこれから泳ぎ出す。
行けるところまでいっしょに行くことも、途中で離れることも――――そうだ、何もかもこれからだ。
今の私は小さな魚。でも、あなたといっしょなら泳いでいける。
アンケートにお答え下さった、俊宇光さんに捧げます。
リクエストは、
「グリブルで、一緒に旅。ブルーがむりやり付いていった、という感じ」
だったのですが。
いっしょに旅はあり得ない、という先入観から抜けられず、
こういう形になりました。
・・・めちゃめちゃリクエストに応えてない。(!)
本っ当に申し訳ないです。
身内以外からのリクエストに応えるのは初めてなので、緊張しています。
俊宇さん、どうぞお納め下さい。
ありがとうございました。
夏居様に書いていただきました!!アンケートに答えてお礼に頂けたのです。
おい光、リクエストしたさにアンケート答えたんじゃねーだろうなーと脅されると答えられないのは内緒名話(死)いえいえ。少しでもお役に立てばと(おい)
本当に叶えてもらえると思わなくてすっごく喜びました。何よりお返事きたときに「きたぁあああ」と2チャンネルになりたかった気分(違)本当に嬉しかったです。しかもこの小説!読みました?読みましたよ!!(読んだからここまで来たんだろうが)本当にもう素晴らしくって素晴らしくって私飛びはねそうでした。グリブルってだけでも萌えなのに、この人のこの小説の書き方。ありえないと思えませんか?何この小説家顔負けの文章の書き方。最初見つけたときすっごい画面に食い入りましたもん。本当に素敵小説ばかりでグリブルをジャンルで扱ってたときはもう○犬様発見以来の喜びをおぼえましたね。最高です。本当に。サイトには是非とも遊びに行ってください。読む価値100%ありますので。
今回のこの作品はあたしが一緒に旅をしたらこの人の小説だとどうなるのかなぁというところから始まりました。なんかリクエストって実は初めてして迷ったのが本音。そしてこのありえない設定を、この方はありえないという形で形にして書いてくださったというのが、素晴らしいなぁと思うのでした。ほんとどうするんだろうなって考えていただけに、想像の域を超えていてびっくりしたんです。やはり本物の芸術家はすげぇと感じた一瞬でしたしかもしかもまたこれが素敵ときたもんだ。すげぇ。この方のサイトのアンケで、この作品が1位になっていて、それを私が直々にいただいて、しかも自サイトに私だけが飾れるというなんとも快挙をなしとげている私は今すっごく幸せ者であると自慢したいと思います(死)
本当にどうもありがとうございました。
俊宇 光
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