雨上がりの空の下

 

雨上がりの空の下

                           

           その機体のモーター音が聞こえた途端、いてもたってもいられなかった。

           ”帰ってきた・・!”

           はじかれるように外に飛び出していった。
           降りしきる雨の中を、駆けて行く。・・迎えに行く。彼を。

 

           「・・ばかか、お前は。」
           家から少し離れた所にある、森の中の格納庫。
           雨でびしょびしょに濡れたジェノブレイカーのコクピットから出てきた黒髪の
           青年、レイヴンが、待ち伏せていた青い髪の少女、リーゼにかけた第一声がこ
           れ、だった。
           せっかく迎えに来たのにそんな事を言われて、リーゼはプウ、と顔を膨らませ
           る。
           「何でさ?!」
           透き通った声を荒げ、緑色の瞳でキッとレイヴンを睨み、真正面から抗議する。
           「・・・迎えに来た奴が濡れてどうする。」
           レイヴンは小さく息を吐いた後、静かにそう答えた。
           雨が降り出したのは、1時間くらい前。家に向かって飛んでいた自分はその前
           からコクピットにいたから、全く大丈夫だったのだが、家から出た少女は、ず
           ぶ濡れではないが、頭から肩にかけて水が多少滴っており、駆けてきたせいも
           あって靴がびしょびしょ、中まで浸透してるだろうことは容易にわかる。
           おとなしく、家の中で待っていればいいのに。・・レイヴンは彼女の無鉄砲さ
           に多少あきれる。
           でも、このままでは風邪をひくと思い、自分が着ていた上着を脱ぐと、それを
           リーゼにかぶせて上からがしがし、とこすった。

           「痛い!!何するんだよ!?」

           濡れた空色の髪がくしゃくしゃになってしまったリーゼは、彼の手を払いのけ
           て叫んだ。馬鹿力、と小さく付け加えて。

           「他に拭くものがないからな。」

           しれっと答えると、ポン、と自分の胸の位置にあるリーゼの頭を軽くたたき、
           上着を肩にかけてやった。
           こうしたやりとりは、日常茶飯事であった。少年口調なリーゼの激しい言葉を、
           レイヴンは静かに受け流す。そうした態度をときに彼女は”子供扱いしてる”
           と怒ったが、逆に、彼女の言葉にレイヴンが怒る事、というのはめったにな
           かった。・・過去、かなり特殊な環境で育ってきたためか、リーゼは一般常識、
           一般知識に多少欠ける所があり、それにあきれたり驚いたりするのはしばしば
           だったが。
           レイヴンはリーゼがおとなしくなったのを確認すると、雨の止むのをここで待
           つことにして、近くに腰をおろす。
           彼女もまたその隣に、初め、やや遠慮しながらも、すとん、と腰をおろした。
           ・・雨の音は、続いている。
           しばらくの間、沈黙があたりを覆う。

           「・・仕事、どうだった?5日かかるなんて、結構手ごわかった?」

           沈黙を破ったのは、リーゼの方だった。隣にある横顔を、ちらっと見て、視線
           を自分の足元に置いた。

           「別に、仕事自体は問題なく終わった。・・・見つけるのに多少時間がかかった
            だけだ。」

           「・・・ふーん。・・怪我とか、しなかった?シャドー、連れて行かなかった
            でしょ?」

           「大丈夫だ。・・この機体は、あいつに負担をかけるから。・・・俺一人で充
            分だ。」

           一緒に暮らすようになってからしばらくたって、彼は自分のゾイド乗りとして
           の腕と、”魔装竜”とよばれるゾイド、ジェノブレイカーを使って賞金稼ぎを
           するようになった。身元にこだわらず、ゾイド乗りとしての確かな腕とゾイド
           があれば誰でも出来る仕事だ。・・ただし、扱うのは犯罪者や軍の防衛隊がい
           ないような辺境の街や村で被害を出している凶暴な野生ゾイド、長い間繰り返
           された戦闘で傷つき、認知能力を司る回路が正常に作動しなくなり、動くもの
           を見れば見境なく襲うようになった元軍使用のゾイドなど・・・命に関わる危
           険なものが多い。それだけ、報酬も大きいのだが、並みの腕とゾイド、また、
           平凡な人生を望むものは、まずできないし、しようとも思わないだろう。
           軍のように団体でなく、保障もない。己のみが頼りである、危険な仕事。
           レイヴンはそれを平然とこなしている。”自分にはあっている”と。彼の腕は
           かつて”悪魔”と言われたように、尋常でない強さを持つ。彼自身も、そして、
           彼のゾイドも。
           ”・・・戦うことしか、できないからな。”レイヴンはそう言った。・・少し、
           悲しそうに。でも、妙に力強くも聞こえたのは、気のせいだろうか。
           リーゼは、彼に頼ってばかりの自分が、非常に情けないし、申し訳ないと、
           思った。
           家事とか、世間一般の”普通”すら、できない。
           自分にあるものといえば、古代の血をひくがゆえの特殊能力と、ゾイド乗りの
           腕。・・・でも、他人やゾイドの精神を操る能力は、多くの人を不幸にしたし、
           自分も・・苦しく、なる。忌まわしい、力。・・・使いたくは、ない。できる
           なら。・・ゾイド乗りの腕だって、自分のゾイドがなければ宝の持ち腐れだし、
           レイヴンにはかなわない。・・・本当に、自分は何て、役立たずなんだろう。
           頼ってばかりで。・・・情けない。
           何か、できればいいのに。レイヴンの為に。・・・何ができるのかな。僕は。
           ・・・嫌に、ならないのかな、彼は。
           考えれば考えるほど、思考はどんどん暗くなる。答えは出なくて、袋小路に迷
           い込む。・・心が泣いて、雨が涙みたいだ。

           「・・・・どうした?」

           自分よりはるかに多弁なリーゼがずっと黙ったままなので、レイヴンは気に
           なって声をかけてみた。・・・・また、何か暗いことでも考えてるんじゃない
           だろうな、と思いつつ。

           「・・・君に頼ってばかりで、・・・すまないなって・・。すごく、申し訳な
            くって・・。」

           消え入りそうなリーゼの声に、レイヴンはきっぱりと言った。頼るとか頼られ
           るとか、役に立つとか立たないとかそうでなく、彼が一緒にいるのは、そう望
           むからだし、その存在が大切で、必要だからであって。・・すまないとか言わ
           れると、どうしていいのか、わからない。
           自分も、”普通”とは遠くかけ離れたものだから。・・・こんな思いをさせる、
           こんな時、どうしていいのかわからない。
           ・・だから、自分なりの方法で、言うしか、ない。
           降り続く雨で、先は見えなくても。進みたいと思うから、ゆっくりと歩いてゆ
           く。

           「気にすることは無い。・・・お前は、いろいろ考えすぎだ。」

           ・・・リーゼは、いつも自分に自信がない様に思う。・・・もちろん、自分
           だって過去の事を思えば、これからどうなるのかわからないし、不安だって、
           ある。・・・だが、選んだのは自分だ。その全てに対し、逃げはしない。
           ・・決意も、覚悟も、堅い。

           「でも、何か、したいんだけどな。・・・僕に何が、できるのかな。」

           ずっと、一緒にいたいから。離れたくないから。

           「・・・じゃあ、家事をもう少し、出来るようにしてくれ。」

           食事を主にほとんどの家事はレイヴンがやっていた。・・・リーゼにやらせ
           ると、どうなるかわからないからだ。初めの頃、正直、かなり難儀した。
           まあ、最近は根気良く教えてきたかいもあったし、もともと彼女の筋もいい
           のだろう、大抵の事は何とかできるようになってきたが。
           ・・・”料理”を、除いては。初めの頃、卵焼きすらまともに作れない彼女
           に、料理は”鬼門”ではないか?とその時はほとほと参ったものだ。

           「・・そうすると、助かる。」

           レイヴンがそういうと、リーゼは”努力、してるんだけどね”というように
           へへっと力なく微笑んで、それから、あ、と言うといきなりすっと、立ち上
           がった。その行動にどうしたのかと思った彼は、ふと、耳を澄ましてみた。
           雨の音が聞こえない。どうやら止んだようだった。それを察したリーゼは外
           へ駆けていった。レイヴンも腰を上げ、彼女の後を追う。

           ・・外は、灰色の雲が空を覆っている、太陽の見えない、雨上がりの光景
           だった。あたりはしんと静まっていて、不思議な穏やかさが広がる。
           そして、涼しい。家への道を先行くリーゼは、先ほどレイヴンがかけた上着
           をマントのように肩にかけたまま、いつの間に脱いだのか、裸足で時折水た
           まりにチャパチャパと音をたてて歩いていた。・・・靴の中がびしょびしょ
           で、歩くのが気持ち悪いからとでも、思ったのだろう。
           自分の気持ちに素直で、迅速に行動に移すリーゼは、初めて会ったときと同
           じ、とても自由気ままに見える。・・・時々、自分が彼女を縛っているので
           はないかと、思うことがある。・・・本当に、何もできないのは、自分なの
           かもしれない、と。彼女を、不安にさせる。
           だが、一緒にいたいと、望んでくれる。こんな自分と。・・その為に、悩ん
           で。・・・大切にしたい。その、存在を。
           自分が望むのは、本当はとても単純で、些細な事。・・・でも、それだけ
           じゃ駄目で。その為に何かしなくては、いけないんだろう。
           一緒にいるために。出来る事。すべき事。したい事。・・一つずつでもいい
           から、見つけていこう。途中で、休んでもいいから。

           太陽の見えない、雨上がりの空。・・晴れるかもしれない。また、雨が降る
           かもしれない。先のことは、わからないから。
           一歩一歩、歩いてゆこう。一緒なら、濡れても構わないから。

           「・・怪我、するなよ。足元をよく見ろ。」
           裸足で先を行くリーゼに注意する。すると、”わかってるよー!”と元気な
           声が聞こえ、立ち止まって、くるり、とリーゼが振り返って叫んだ。

           「家に帰ったら、僕が洗濯するから着替えてよ!5日ぶりなんだから!あと、
            コーヒー入れるから!君はゆっくりしててよ!僕の腕、見せてやるから!」

           言うだけ言うと、スピードを上げてさっさと走っていってしまった。徐々に
           小さくなりつつある後姿にこめられた力強さに、思わず苦笑する。
           ・・さっき言った事、早速実行する気か。・・ひたむきな、前向きさ。どん
           な雨にもひるむ事無く、走ってゆけるような。
           ・・・やがて、走っていったリーゼに遅れること数分して、歩いてきたレイ
           ヴンは家の前で立っている彼女と、自分の相棒であるオーガノイド、シャドー
           と、リーゼのオーガノイド、スペキュラーがいるのを見た。リーゼの足に新
           しい靴が履かれてるのを見ると、足を拭くタオルか何かを彼らに持ってこさ
           せたのだろうか。家の前に立ったレイヴンに、シャドーがすりすり、と頭を
           近づけてきた。数日ぶりの主人の姿が心底嬉しいようである。レイヴンは優
           しげにシャドーの頭をなでた。そしてリーゼに、どうして家の中に入らない
           のか、と尋ねた。
           すると、リーゼはほんの少し、顔を赤らめて、言い忘れた事があったから、
           待ってたんだ、とこう答えた。レイヴンはそれは何なんだ?と言うように彼
           女を見た。・・リーゼは、微笑んで、レイヴンに言った。・・・それを聞い
           て、レイヴンもまた、ふっと、柔らかく微笑み、言葉を返した。

           「おかえり、レイヴン。」

           「・・・・・・ただいま。」

  *********************************************************終*************************


           あとがき&メール

           どうもお久しぶりです!!光様!!初心者です!!あーもう当初予定してた
           6月を大幅に越え(越えすぎ!!)もうすぐ8月になってしまう(汗)しか
           も光様のおっしゃってた「雨の中でリーゼに話し掛けるレイヴン」じゃない
           し(大汗)・・話し掛けたのはレイヴンだが(滝汗)
           あうう、すみません!!大不発だ!!(><)雨あんまり関係ないし!!だ
           あああ、梅雨に雨がちゃんと降らないのが悪い!(逃避)
           今回書きたかったのは、やっぱ最後の言葉です。帰る家と迎えてくれる人が
           いるのはいいものだなあ、と。でも、安定、安心、”普通の生活”を守るの
           には、ただそうしたいだけじゃなくて、色んな努力が必要なんですよね・・。
           何にもしないで、2人一緒にいられればそれだけで幸せ、てのはないでしょう、
           と私は思うんです。その思いを維持するのも、実際それを守るのも、努力が
           必要だと思うんです。・・もちろん、いてくれればいい、という思いもある
           けど、でも100%何にもしないでいいよ、というのはどうだろう?飾りじゃな
           いんだから。・・現実主義だ(−−)
           でも、好きな人には自分も何かしたい、できればいいな、と自然に思います。
           そうして努力するから、一層それが大切に思えるんじゃないかなって。私、
           感情だけで言うなら自分が嫌いな人のためには指一本動かしたくないです
           (苦笑)でも、好き、嫌いだけで全て生きては、いけませんから。しかし、
           「好きこそものの上手なれ」と言うように、好きVと言うのは大きな原動力
           になるのです!(>▽<)/・・結局何がいいたいのかと言うと、「悩んだ
           り迷ったり、途中で疲れたり、先が見えなくて不安でも、そんな気持ちに無
           駄なものは一つも無くて、努力せずして幸せはない!」と言う事です。悩ん
           でる時はすごく苦しいけど、悩みが解決した後って、前よりすっきりして、
           自分が強くなれたような、変われた様な、そんな気がしませんか?(−▽ー)
           でも、一人だと苦しいだけだから。なかなか出られないから。一緒に歩いて
           くれる人、分かち合ってくれる人がいることは、とてもありがたいです。で
           も、そんな、誰かの清涼剤になれたらいいです。通りすがりでも。
           誰かを安心できたらな。・・・やっぱ雨って、そんな関係ない(ずーん)あ
           うう、光様、ご期待に添えられなくて申し訳ありません〜!!(><)
           でも、どうか受け取って下さい!頑張ったんです・・(TT)次回、頑張ります・・・
           機会が、いただければですが(泣)(あるのかどうか?)
           捨てないで〜!!(T□T)/
           ・・・では、約束果たしきれずごめんなさい。初心者でした・・。


            初心者様からまたまた頂いてしまいました。2回目です。今回もレイリーで。
           しかも私のリクエスト雨をテーマに書いてくださいました。うわーい。嬉しい
           です。ありがとうございます。とっても良かったですよ。なんていうか、リーゼ
           のひたむきさや、レイヴンがリーゼを大切に思ってるって所がよく分かって、
           感動って感じでした。
            大丈夫です!!ちゃんと雨をテーマにしてくださってますよ。上手く使って
           ますよね。なんていうか、背景ってところはいい。これで本当に雨の音でも
           バックに流れていようもんならムードたっぷし。最高だ…。なんていうか、こ
           の小説に雨の効果音をつけたいくらいですよ。あーつけたい。でも無理だ。あ
           あ。雨の背景ないんだよな…。くすん。自分では作れなかった。残念です。
            うむ。「好きな人にはなんでもしてあげたくなる」そうかもしれません。
           「好きこそものの上手なれ」そのまんまですね。この2人はそういうのを全う
           してもらいたい。
            捨てる!?そんなわけないじゃないですが。こっちが見捨てられたら大変だ…。
           だってこのサイトは沙耶ちゃんとみなさまで成り立ってるんですから。誰が欠
           けても成り立たないんですよ。またどうぞお暇でしたらよろしくお願いします。
            今回は本当にありがとうございました。うみゅ。幸せいっぱい。