夜は常に――元来(がんらい)乱されようのない静寂を纏い(まとい)――、
音もなく訪れる。知らず知らずの内に広がっている、濃い藍色の天幕。
黒々とした暗闇に塗り潰された空間の中では、何も……そう、何も瞳に映らな
い。それでも周りが見えているのは、月明かりに照らされているからだろうか――
それとも、目の錯覚か?――そんなことはどうでもいいことだったが――
彼は嘆息(たんそく)すると、眼前に広がっている、木々の生い茂った場所へ
と足を踏み入れた。鬱蒼(うっそう)とした、林。足を動かすごとに、湿り気の
少ない土が音を立てる。
突如乾いた破裂音が、林中に響き渡った。音は、妙な残滓(ざんし)となって彼
の耳に残る。足元を見下ろすと、見事なまでに真っ二つに割れた枝が転がっていた。
「……誰かに……聞こえたかな」
独りごち、辺りを見回す。誰もいなかった。目を凝らしてみても、先程から何
も変わっていない木々しか見えてこない。暗闇の奥へと、神経を集中させる。人
の気配は感じられなかった。
「……大丈夫かな」
再び、独りごちる。その顔には、不安そうな表情が浮かんでいた。手近な木へ
と近づき身を隠してみる。ゆっくりと息を吸い、空気で肺を満たす。冷たい夜気
が、体中に浸透していくのが心地良かった。じっと身を潜め、息を殺し――
「……大丈夫みたいだな」
数分の時をそのままの状態で過ごした後、彼は大きく息を吐いた。ここまで徹
底して身を隠す必要があるのかどうかは、甚だ疑問ではあったが――どれだけ慎
重になっても、慎重になりすぎるということはないだろう。
彼は再び歩き出した。別段急ぐわけでもなく、かといってゆっくりと歩を進め
るわけでもなく……それでもただの一度も立ち止まることなく、奥へ奥へと突き
進んでいく。やはり、それほどの速度があるわけでもなかったが。
十分ほど歩き通した頃だったろうか――唐突に視界が開けた。急激な変化が起
こった理由は、林がそこで途切れていたからだった。
途切れていたとはいっても、林はまだ辺り一帯に広がってはいる。今彼の眼前
に広がるその場所だけ何故か――木がなかった。円状に、大地が広がっている。
木の代わりとでもいうように、小振りな岩が幾つか転がっていた。何らかの力で、
削られたようなものもあれば、無数の皹(ひび)が入っているものもあった。
その内の一つに腰掛けようと、彼がさらに歩を進めた時だった。
「レジスタ?」
声が、静寂を打ち破った。声から察するに、まだ成人していない少女の声だろう。
「パ、パトラ……」
彼――レジスタと呼ばれた青年は、情けない表情で、声の主を探して首を振り
回す。大分動揺したらしかった。
声の主は、一際大きな平たい岩に腰掛けてこちらを見下ろしていた。その岩の
高さも相まってか、なんともいえない威圧感が身を締め付けるような気がしてく
る。自分より遥かに小さい――身長的な話だが――、なんの変哲もない少女に威
圧感を覚えるというのも、滑稽(こっけい)な話ではあった。
月明かりを遮る木々がないためか、少女の姿ははっきりと目に映った。
普段黒い短髪は、月明かりに照らされて今は微かに蒼く見える。少し鋭角的な
瞳は、いつも通りの、意志の強そうな光を――蛇に睨まれた蛙の心境がよく分か
ると、子供達に定評のある――、湛えて(たたえて)いた。夜空と同じ色をした、
色気のない寝間着の上に、淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている。年は
十五、六だったろうか。可愛らしいと思えば、そう見えなくもない少女だった――
どちらかといえば、きつい印象の方が大きかった気はするが。
「……アンタ、こんな時間に……」
パトラは一旦言葉を切ると、辺りを見回し、
「こんなとこで何やってんの?」
「……散歩、だよ」
「……散歩?」
胡散臭いものでも見るかのような目で、こちらを見つめてくるパトラ。
多分、すぐにばれる嘘だろう――彼はそんなことを考えつつも、その嘘を訂正
する気もなかった。突拍子もないことを言うよりは、ありきたりで当り障りのな
いことを言ったほうが、その場をはぐらかしやすい――ような気がした。
「……まぁ、言いたくないんならイイけどね」
彼女は呟くと、岩から飛び降りた。意外に軽い音を立てて、地面に降り立つ。
全くバランスを崩すこともなかった。運動神経はかなり発達しているらしい。
……こういうのも、一種の持って生まれた才能っていうのかな……などと考え
つつ、レジスタは、
「だから散歩だって」
反論した。
パトラはなおも胡散臭そうな瞳でこちらを見つめてきたが、無視する。この年
頃の少女は、軽くあしらう程度が丁度いい――
「……大体、君こそなんでこんな所に?……しかもこんな時間に」
「……散歩」
口の片端を吊り上げて、笑ってみせる少女。
やるせなさを感じつつも、苦笑してそれに応える――
「そうか」
「あ。疑ってる。言っとくけどホントだからね」
「……いや……別に疑ってるわけじゃないんだけど……」
先程とは一転して、こちらが見下ろす立場になったのだが。何故かそれでも、
威圧感を感じた。こういったタイプの人間は得意じゃないのかもしれない――な
どと思いつつ、レジスタは彼女の肩を掴んで、林の出口――彼が入ってきた場所
だった――の方へと、押しやる。
「まぁ、そんなことはどうでもいいからさ。早く帰らないとお父さんが心配するよ」
「いや、もう寝てるし」
間髪入れず言い返してくるパトラをさらに押しやりつつ、レジスタは一瞬だけ振
り返った。パトラは勝手に進んでいってくれている――目の端で確認すると、手
近な木に掌を押し付ける。ゆっくりと息を吸い、意識を掌と、触れている木に集
中させる。
「何やってんの?とっと帰るわよ、レジスタ!」
パトラに声をかけられ、慌ててレジスタは駆け出した――予想以上に、彼女と
の距離は開いていた。
もう一度振り向く。先程触れていた木。その木から伸びる枝先の葉が、突然枯
れて音もなく舞い落ちた。同様に、細い枝数本がしおれて根元から折れた。ゆっく
りと――しかし着実に、木に死が訪れていた。
(なんでだ?力が――強くなってきてる)
前を歩くパトラを見つめながら、胸中で独りごちる。
(大体一週間前からだ……理由は分からないけど、今までとは力の質が違う――
制御がしにくい……いや)
一拍間を置く。
(できないのか……?)
一瞬、忌まわしい記憶がその影を見せた。頭を大きく左右に振って、そのこと
は考えないようにする。
(そんなはずはない……!絶対に制御できる!できないはずがない……!)
奥歯を噛み締める音が、妙に耳障りだった。
蘇る、忌まわしい記憶。記憶、記憶、記憶――
(……くそっ……!なんで……なんでこんな……)
力などいらなかった。忌まわしい――あまりにも忌まわしすぎる――力。
彼は悲壮感溢れる表情で空を見上げた。
夜空は、全てを呑み込むかのように深く――そして広かった。
けんさんがやってたから俺もやりませう……というわけで、初めましてだった
りそうじゃなかったり。
timecasterでございます。もし最初っから読んで、ここまで辿り着いてく
れた方には感謝感謝です。もし最初っから読んでくれてなくって、ここだけ読
んでるなんて奇特な方には、微妙な感謝。まぁできれば全部読んで下さい(笑)
え〜っと……プロローグだけですんで、全く内容を理解してもらえなかった
と思います。できれば今後ともよろしくお願いです。そうすりゃそのうち、内
容とかキャラとか分かってもらえると思います……多分だけどね。
今後の展開実はあんまり決めてなかったり。どうなるかも俺自身よく分かん
ないし……もしかしたら途中突然打ち切りなんて可能性なきにしもあらず。あ
あ恐い。
あ、もうこんな時間だ(TVで水戸黄門がやってるぞ)。というわけで突然で
すがさよ〜なら〜……