墜ちて
気付けばいつも、“それ”はそこにいた…。
「…」
人がまばらに通る廊下で、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
興味のない俺は、振り返ることもせず、けだるげに廊下を歩く。
「…っ」
しかし、隣を急いで通っていった人物は…
「…おいっ」
思わず声をかけてしまうような人で…。
「あれ?ティト!次の授業実験なの?頑張ってね!」
「…」
彼女は大量の資料を抱えて、あっと言う間に廊下を走り去って行った。
いつのまにか、“それ”を目で追っていた…。
「…おい」
寝に来た図書室の門の席に、彼女が本を大量に広げて座っていた。
「あ、ティト!また寝に来たの?」
彼女はくすくす笑う。
大量の本を見れば、
「あぁ…今日まで提出のレポートあってさ…。ここ、静かでいいね」
彼女はそう言って笑うと、またレポートに向き直った。
考えてないはずなのに、“それ”がずっと頭に残っていた…。
「…」
昼飯を食いに、人が少し空いた頃、食堂に訪れる。
「…おい」
見知った後ろ姿に、俺は話しかけた。
「ティト!珍しいね。食堂に来るなんて…」
彼女は笑顔で俺に振り返る。
「…きゃっ」
その時、その前の近くに座っていた女子が1人、微妙な悲鳴を上げる。
「…あいつだろ?例の…」
「まじで?」
悲鳴に静まりかえった食道に、密かに聞こえる声。
「…ティトっ」
俺は何も言わずに食道を後にした。
“それ”が分からないことが、苛立ちを増加させる。
いつも気にならない声が、余計に苛立ちを増加させる。
心に、余裕をなくす…。
まとわりつく“それ”は、
消えることを知らない“それ”は、
むしろ、増えていく“それ”は、
いったい、なんなんだろう…。
こんなにいらいらするのは、何故なんだろう…。
「…そ、そんなことないですよっ」
誰もいない廊下に、見知った声が聞こえる。
「…でも、水のクラスじゃかなり有名だよ。可愛くて、成績も優秀で…」
すかした声が廊下に響く。
「か!?…可愛いなんて…そんな…」
近付けば、頬を赤らめて俯く彼女の姿と、柱に隠れてよくは見えない男の姿を確認できた。
「…あの事件でも大活躍だったそうじゃないか」
トアとは違うさわやかさを身につけた顔が、今の苛立ちに、余計に拍車をかけた。
「あ、あれはそんな…」
彼女は顔を上げ、慌てて受け答えをする。
「…謙遜することじゃないよ」
優しく笑うそいつの顔に、何かが音を立てて、崩れた気がした…。
「フィーリー!!」
「っ!?…ティ…ティト?」
廊下に響くほどの声で叫び、彼女が驚いて俺に振り返る。
俺は彼女の腕を取って、そのままずかずかと廊下を歩きだした。
「えっ!?ちょっ、ちょっとティト!!」
「フィーリーさん?!」
彼女同様、一緒にいた男も驚く。
「ご、ごめんなさい。“それ”じゃ…」
彼女は俺に引っ張られながらも、別れの挨拶を交わしていた。
何にこんなに苛つくのか…。
何にこんなにむしゃくしゃしているのか…。
分からない苛つきに、理解できない俺自身に、余計に腹が立った。
「ティト!!…ねぇっ…ティト!どうしたの?!」
無言で引っ張りながら歩く俺に、彼女が訝しげな表情を浮かべて聞いてくる。
「…ねぇっ!ティト!!……きゃっ!?…っ!?」
人気のない廊下の壁に、強く押しつけて口をふさぐ。
「ちょっ…まっ…っ」
喋る暇も与えずに、ただ、ただ貪るようにキスを繰り返した…。
「…っはぁ…はぁはぁ」
唇を離せば、廊下に息切れした声が響く。
「…な…なんなのよ…」
まだ息切れしていた彼女が、不安げに俺を見上げた。
「……べつに…」
理由なんて分からない。
分からない“それ”に、抗うこともできずに、浸食されていくんだ…。
「…べつにって…」
「なんでもない…」
俺は無表情に視線を逸らした…。
「………妬いたの?」
「……」
「あれ?違った?…名前まで呼んでくれるから、妬いてくれたのかと思って、少し嬉しかったのに…」
彼女は苦笑する。
妬く?
誰が?
俺が?
「…ティト?」
彼女は不思議そうに俺を見上げる。
「………」
「えっ!?…ちょっ…」
俺はそのまま彼女に寄りかかり、肩に額を預ける。
「ティト?!」
彼女の慌てた声が、左耳に響いた…。
「 」
「!?」
俺の言葉に、彼女は一瞬驚く。
それから嬉しそうに微笑み、俺を、そっと、抱きしめた…。
苛立ちが消える。
浸食された“それ”に、優しく包まれる…。
俺が、“それ”に、墜ちていく…。
どこまでも…。
2007年1月23日 Fin
あとがき
墜ちるって書くと恐いんですが、恐い意味には書いてません。でもティトにとってはなんだか分からないものに、心を浸食されていくのが恐かったんだと思って、恐いタイトルに。“それ”を恐いと思っちゃうティト自身に苛立ちを感じているティトさんなのでした。“それ”が何かは、もう、ねぇ。あははははは。
空白は、みなさんの好きに埋めてください。これはマンガ用に書き下ろしているので、小説状態では優しくないですよぉ?あははは。絵にされて初めてうはうはできるっていうシーンもありし、なんやり。
つーか今回脇キャラ多い。ちなみにフィーリーに話しかけていた彼は、学園一の美形と呼ばれた男です。でも性格はあまりよろしくなさげ。つーかぼっちゃま体質で、微妙にきもいです(ええ)いいのは顔だけ(えええ)それなりにっていうか結構可愛いフィーリーを口説いてた最中でした(笑)でもフィーリーは気付きません。きっと今回のティトの件もあんまり気付いてません(あれ?)ただ単に妬いてくれたっぽいし、名前呼んでくれたからすっごい嬉しいって思ってるだけ(ええ)この伝わってない感がまたティトばかりが墜ちていく姿を現せて好きです。
今回はティトがどこまでもフィーリーに墜ちていく話を書きたいっていうのが主旨でしたので、それが全面に出たあげくに、エロく、それでいていちゃラブ、萌えな感じで全ての要素をミックスできたので、めちゃくちゃ満足です!あぁ、良かった。いいもん降ってきた!頑張ってDキス書いてね!!(Dキスだったんかぁ)
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