第五章 待っていること…
「はぁー、はぁー、はぁー…きゃっ」 「うわーなんかいっぱい降ってきた。明日晴れるかなー」 「はあーはぁー。くっそ。どこ行ったんだろう」 「どう?少し落ち着いた?」 そして次の日、2人はドアの前で止まっていた…。 あれから数時間、2人は何も話していない…。ただ、いつもの通りの時間を、何もなかったかのように過ごしている…。 抱きしめてもらったのなんて、2年前、告白した時以来だろう。彼の気持ちを聞いたのも、同じだ。そして、自分の本音が言えたのも。何もかもが懐かしくて、まるで、2年前に戻ったみたいだ…。なんて話を、2人は話していた。バズラは少し恥ずかしそうだったが、メサイアはなんだか嬉しそうだった。その笑顔は、やっぱり誰が見ても、ときめいてしまいそうで、とても綺麗だった。そんなことを、テーブルにひじをつきながら、バズラは考えていた…。
どさっという音と共に、その場に崩れる。
「はぁーはぁー」
こんなに走ったのは、何年ぶりだろう…なんて息切れをしながら考えてしまう。
もう、大分走ってきた。ここがどこだか分からないくらいだ。やみくもに走ったきたからだろう。でも、少なくともここは、村の裏の森だということだけは分かる。ウィッチの持つ魔の力が、森を包んでいると感じる。メサイアは神に使える身、故に、こういうことが分かるのだ。
「!」
膝をつき地面に倒れ込んだまま、ある事に気付くメサイア。
「あ…め…」
この時季に雨は珍しい。顔を上げて、空を見上げた。
「…」
ざぁーっと音をたてて、雨は降る。一粒一粒が、メサイアの肌や、体を濡らしてゆく。
「…」
その雨に打たれながら、そぉーっと目をつむる。
「何も聞こえない…。雨の…音だけ…」
そう呟きながら、少しの間、雨に当たっていた。
雨は、メサイアの高まった心を静めてくれた。走っている間考えていた事や、これからのこと、さっき何を言ったのか…。それら全てを洗い流してくれる。今、メサイアは真っ白になる…。
ウィッチが窓の外を見て呟く。
「ウィッチ、客だよ」
嫌そうな声が下から聞こえる。この声の主はウィッチのお婆ちゃん。唯一の肉親だ。どうやら、自分で出るのがめんどくさいらしい。
「はーい」
そう元気良く返事をして、部屋から出る。
「こんな時間に誰かな?」
もう時計は、夜の8時を差していた。
「はーい」
キーっと古い木のドアが開けられる。
「…」
「…メ…メサイア!?」
びっくりするウィッチ。
「…」
メサイアはびしょびしょのまま、玄関の前に黙ってつっ立っていた。
「ど…どうしたの?こんなにびしょびしょで…」
凄く心配そうな顔でメサイアに話しかける。
「…ウィッチ…」
メサイアは、今にも消えてしまいそうな声で、ウィッチの名前を呼んだ。
「メサイア?」
「うわーーーん」
いきなり泣き出し、ウィッチに抱きつく。
「うわ!?メサイア?どうしたの?」
いきなりの事に、戸惑いを隠せないウィッチ。
「ひっく…うっ…えーーーん」
だが、メサイアはウィッチの質問には答えず、ずっと泣いていた…。
「メサイア…」
辺りをきょろきょろと見渡す。もう、雨で体中びしょびしょだ。汗を吹く感覚で、顔の雨水を吹く。水も下たる良い男ってねー。(すみません…)
「そんな遠くへは行ってないはずなんだけど…はぁー」
息が切れている。ここまでずっと、走って来たことが分かる。
「もしかしたら…」
っとある事を思い出し、コースを変えて、また走っていった。
頭からタオルを被ったメサイアに、今しがた入ってきたばかりのウィッチが優しく話しかける。
「うん…」
「そう。はい」
あったかいココアが入った、カップを渡す。
「ありがとう…」
ウィッチの顔は見ずに、カップを受け取る。
「どうしたの?」
さっきから何も喋らないので、ウィッチから切り出してみた。
「…」
メサイアは黙ってしまう。
「…ふー」
ココアが入ったカップをテーブルに置く。すると、
「ウィッチ、また誰か来たよ」
本当に嫌そうに言うお婆ちゃん。
「はーい。今行くよ。ごめんね。ちょっと見てくる」
そう言って、部屋を出ていくウィッチ。
お婆ちゃんは、人間が大嫌い。昔は、来た人間を記憶を消す睡眠薬入りのお茶を飲ませて送り返していたぐらいだ。(殺さないだけましだ…)
「まったく。今日は客が多い…」
そう言いながら、いそいそと階段を降りる。
「はーい」
そして、扉を開ける。
「あ!ウィッチ、メサイア来てない?」
いきなり出てくるなり聞かれる。
「な!?なんであんたもびしょびしょなの…?」
びっくりして、最初に出た言葉はこれだった。
「あんたもって…やっぱりメサイアここに…」
ぱっと気付き、慌てて問い質す。
「あーもう、落ち着いて!何かあったのね」
きりっと真剣な顔をして聞く。
「あー、いろいろとな…」
言いにくそうに、顔を背ける。
「よく事情は知らないけど、今は会わない方がいいわ。帰って。今日は家に泊めるから」
詳しい事情は知らなくても、さっきのメサイアの行動、今のバズラの焦りよう。これはただ事ではないぐらいは、ウィッチにも察しが着いた。
「でも…」
「いいから帰って。明日必ず、家まで送ってくから…」
「…」
納得いかない顔をしているバズラ。
「ねっ」
「…分かった…」
バズラはしぶしぶと、引き下がった。
しばらく、帰っていく後ろ姿を眺めていたが、ぱっとさっきの事を思い出し、慌ててドアを閉め、階段を駆け登った。
「メサイア!!」
バターンっと凄い音をたてて、扉を開けた。
「…」
びっくりした表情で、ウィッチを見るメサイア。
「どういうことよ…」
「へ?」
「今バズラが来た。かなり凄い状態で…。どういうこと?」
もう、ウィッチには何がなんだか分からなくて、苛ついてきた。
「え…っと」
「まったく。メサイアもいきなり来た、っと思ったらびしょ濡れで来るし。おまけに泣かれるし。何がなんだかさっぱりよ」
「えっと…私…」
どんどん声が、淋しそうになっていく。顔もずっと下を向いたままになってしまっ
た。
「何があったの…」
メサイアの前に座って、メサイアの手を握った。
「私…」
どんどん目には、涙が溜っていく。
それから数十分かけて、ゆっくり、ゆっくり、さっき起きたこと、自分が何を言ったのか…。そんなことを、メサイア自信も、再認識しながら話していく。
「そう、そんなことがあったの…」
「…」
もう、目には涙がいっぱい溢れていた。
「良かったじゃない。自分の本音が言えたわけだし」
「良くない!私、本当に嫌われてしまったかもしれない…」
顔を手で覆う。
「嫌いな人を心配して、探し回る?」
優しく問いかける。
「え?」
隠していた手を離す。
「あんなに一生懸命に、びしょびしょになってまで、探しに来てくれてるのに、嫌いになんて、なってるわけないじゃない」
「…」
黙ってしまう。喋ろうとはしない。
「本当に嫌われてしまったって、どういうこと?」
さっきの言葉が気になったようだ。確かにおかしい。前から嫌っていた事を知っていたような言い方だ。
「…好きな女の子ができたらどうする、って聞かれたから…だから…」
「だって、もしの話でしょう?」
呆れる。
「だって、本当の話かもしれないじゃない」
ばっとウィッチを見る。
「あのバズラが、メサイア意外の人を好きなるとは思えないけど…」
「そんなの、分からないじゃない!!」
大声で叫ぶ。
「それは、メサイアがバズラを信じるか、信じないかだよ…」
メサイアとはうって変わって、落ち着いて話を進める。
「そんなの…信じられるわけないじゃない…いつもいない相手を、分かりもしない気持ちを、どうやって信じればいいのよ…」
また手で顔を覆い隠してしまう。
「信じなきゃ、信じてもらえないわ…。誰だって、人の気持ちなんか分からないのよ」
がばっとメサイアの肩を掴む。
「…」
「あなた達2人は、ちゃんと話し合った方がいいわ。全然、話していないのでしょう?」
「…」
メサイアは無言のまま頷く。
「口にしなければ、分からない事もあるわ。メサイアはいつも、他人のことばかり考えて、自分の本音を言わないから、相手に伝わらないの…。今なら、言えるわよね…」
じっとウィッチの真っ赤な目でメサイアの目を見る。
「…」
メサイアは何も言わず、何のリアクションもせず、ただウィッチに見つめられていた。
「ふぅー。まだ明日まで時間があるから。今日は家に泊まって、ゆっくり考えて。バズラには、ちゃんと許可もらってるから…。じゃー私、布団もってくるね」
今、答えが聞けないと分かったウィッチは、すぐに引き、別の話題へと変えた。そして部屋を出ていった。
「…」
それからメサイアは、一言も喋らず、そのまま寝てしまった…。
「大丈夫?一緒に行こうか?」
心配そうにウィッチが話しかける。
「大丈夫」
それだけ言うと、扉を開けた。
「メサイア!!」
扉を開けた途端、バズラの姿が視界に入った。どうやら、あれから寝ていないらしい。
「バズラさん…。きゃっ!?」
「うぎゃっ!?」
バズラはいきなりメサイアを抱きしめた。
「良かった…無事で…。すっげー心配したんだぞ…」
そう言いながら、メサイアをぎゅっと抱きしめる。
「…ごめんなさい…」
ゆっくり、目を閉じながら言った。
そのころ扉の向こうでは…。
「そういう事は、私がいなくなってからしてよねー。もう!」
慌ててドアを閉めたウィッチが、ドアに凭れかかって、言った。
「はぁー。見せつけてくれちゃって…。私が空しくなるじゃん…」
やはり、魔女と人間との間には、壊しようのない壁がある。
「リウス…」
ふと空を見上げて、そんな人の名前を呟いてみた…。
「…」
さっきから、両者とも何か言いたげなのだが、結局は誰も何も言わない…。
「…よし」
このままではまずいと思い、最初にメサイアが行動に出た。
「バズラさん」
「へ!?」
びっくと反応した。さっきの自分の行動に、少し恥ずかしさを感じている所も、あるようだが。
「私…バズラさんが、ずっと、ずっと好きでした…」
「っ…」
声にならない、そんな反応をする。
「だから、本当は、ずっと、ずっと一緒にいたかったんです…」
「メサイア…」
バズラは、メサイアをじっと見つめた。メサイアのその表情は、とても綺麗な笑顔で、構成されていた。
「きっと、私なんかじゃ、受け入れてもらえないって思ってたから。あなたが幸せなら、それでいい、そう願っていた…」
そこで一時止まるが、またすぐに話を始めた。
「でも、私は今、あなたと一緒に、ここにいる…」
バズラへと微笑みかける。
「…」
その笑顔に、言葉を失ってしまう。元から何も言えなかったが、さらに何も言えなくなってしまった。
「私、あなたといられて、本当に幸せだった…」
本当に嬉しそうに言う。
「でも、あなたは違った…。私には、あなたから淋しそうな顔を消すことは、できなかった。それどころか、逆に…増やしてしまった気がするの…」
「え…そうかな…」
前に言われた言葉。たまに、淋しそうな顔をしている…。これを取り除きたいっというのも、彼女の願いだった…。
「私、あなたに迷惑ばかりかけていた…。旅の邪魔はおろか、幸せの邪魔まで…。本当にごめんなさい…」
今にも泣いてしまいそうな声で言う。さっきまでの笑顔が嘘のように聞こえる。
「メサイア…」
かける言葉が見つからないまま、話しかけてしまった。でも、それを打ち破るかのように、
「だから私、ここを出ます」
きりっとした態度でバズラを見る。
「なっ!?」
いきなり立ち上がりそうになるが、それは少し抑えた。
「今まで、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。そして、ゆっくりと頭をあげる。
「あ…やだな…。全部笑って言おうって決めてたのに…」
口を抑えながら、涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。
「どこか別の地を見つけます…。いざとなれば、家へも戻れますし…」
そう、下を向いて言う。きっと、泣き顔を見られたくないのだろう…。
「でも、きっとどこかで、私は、あなたが幸せであるようにと、願っています。きっと、どこかで…。ずっと…」
必死に笑顔を作ろうとするが、そう簡単にはいかない。目に溜った涙が、メサイアの頬をつたって流れ落ちた。
「…メサイア…」
「…う…ごめんなさい…ごめんなさい…」
そう言いながら、手で顔を覆って泣き出してしまった。
「メサイア…」
「!?」
その表情を見兼ねてか、バズラはメサイアを抱きしめた。
「…」
バズラはそのまま黙ってメサイアを抱きしめていた。
「バズラ…さん?」
顔は赤面状態。でも、自分でもどうしてこういう状況になったのかは、想像できていない。
「…せない…」
ふと、口を開く。
「え?」
「行かせない…行かせるもんか。おまえは、絶対に誰にも渡さない!!」
ぎゅっと抱き締められている力が、強くなる。
「…」
メサイアは、やっと何を言っているか聞き取れたが、どうしてそういうことを言っているのかが、分からなかった。
「俺は、おまえが好きなんだよ」
「愛してる…」
「絶対、誰にも渡したくない」
「俺には、おまえが必要なんだよ」
メサイアの耳もとで、今にも泣きそうな言い方をするバズラ。一つ一つの言葉が、途切れる…。
「バズラ…さん…」
自分を抱きしめてくれている腕が、震えているのが、体を伝わって感じる。この時メサイアは、ある一つの事を考えていた。「私は、この言葉を、待っていたのかもしれない…」っと。
「ごめん。ごめんな。謝らなきゃいけないのは、こっちの方だ。そんなに思いつめてたなんて…分からなかった…」
すっと、抱きしめていた腕をほどく。そして、バズラの手に納まってしまいそうな頬に、そぉーっと手を添えた。その時、始めてメサイアはバズラの顔を見る。
「バズラさん…」
バズラは、メサイアが思っていた以上に、悲しそうな顔をしていた。
「俺、連れてかなきゃ、連れてかなきゃとか思ってて、でも、連れて行って怪我させたり、最悪の場合、死なせてしまったなんてことになったら、どうしようかって…そっればっかりで…。恐くて、連れてなんていけなかった」
前髪をかきあげて、額にしているバンダナをはずす。2人はその場に座り込んだ。
「…」
メサイアは、それをじっと聞いていた。
「でも、その結果、不安を感じさせてしまった…。ごめんな。俺がもう少ししっかりしてれば…。ごめん。ほんとごめんな…」
そう言って、メサイアの目に溜っている涙を、手で拭った。
「そんなに、自分を攻めないで…。私は平気。あなたが幸せなら、大丈夫だから…」
にこっと笑って見せる。
「俺、おまえといられて、幸せだった。これからも、俺の側に、ずっといてくれるか?」
バズラも、笑顔でメサイアに言った。
「…いいの?」
小声で囁く。
「え?」
「あなたの、側にいても…」
少し不安げな表情で、バズラを見上げる。
「あー」
そう言って、メサイアを抱きしめた。
「私、ずっとここで、あなたを待っていても…いいのね…」
バズラの胸に顔を埋めながら、そっと囁く。
「あー」