第一章 少女
「今日も洗濯日和だわ」 「さて、私達はそろそろ帰るね」
にっこり笑って、空を見上げる少女。
少女の名は、メサイア。大都市の神殿の娘。ようするに、神に使える身という噂は嘘ではないようだ。
「バズラさん…元気かしら」
うふふ、と笑みを浮かべながら窓辺から離れる。
バズラ。それが、メサイアの彼氏と言うべきだろうか。
でも、今彼はここにはいない。
何故か…?
彼は今、旅に出ている。どこかまでは分からない…。
彼はトレージャーハンター。宝ある所ならどこへでも行ってしまう、そんな放浪野郎なのだ。
そして今日も、彼は彼女を家に置き、一人で放浪の旅を続けているだろう。
「ふぅー」
そうため息をつき、その場を離れようとした時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
メサイアは慌てて玄関へ行き、ドアを開ける。
「きゃっ」
ドアを開けながら勢い余って、段差にこけてしまった。
「おっと…。大丈夫ですか?メサイアさん」
「もう。本当におっちょこちょいなんだから」
「すみません…」
ぱっと支えてくれた人から離れる。今支えてくれたのは、この村の村長のリウス。とは言ってもまだ17歳。村長になるには早すぎる。故に、今は元村長のリウスのお爺ちゃんが、村長代理を勤めている。
そして、一緒にいるのが魔女のウィッチ。この森に住む大魔法使いの孫なんだそうだ。今年で152歳。肉体年齢は15歳くらいだろうか。肉体からは歳はとても想像できない。
「まったく…危なっかしーんだから…」
「えへへ。今日はどうしたんですか?」
にこっと笑って聞く。
「ん?いや、元気かなーっと思って。ね!リウス」
そう言ってリウスにふる。
「うん。あーやっぱりバズラいないんだ」
ちょこんとメサイアの後ろを見て言う。
「えー」
ちょっと淋しそうに答えるメサイア。
二人とは、その2年前の旅で知合った仲間なのだ。
自分は神に使える身を放棄した身。今さら家に帰るわけにもいかず、ここに留まっているのだ。彼氏と一緒に。
だが、彼はいない…。そんな事を考えながら黙ってしまうメサイア。
「…元気だしなって、どうせまた戻ってくるんでしょう。それに、淋しくないように、毎回遊びに来るよ!」
にこっと笑って、励まそうとするウィッチ。
「えー…。ありがとう。リウスさん、ウィッチさん」
にこっと笑って答えた。そう。彼は戻ってくるのだ。いつか…きっと。それは誰にも予想することはできない。彼は突然帰ってきて、突然いなくなってしまう。何も言わずに…。でも、お金だけは置いて行く。それは、メサイアがちゃんと暮らしていけるようにだ。
あ!そういえば、予想はできないと言ったが、案外できるかもしれない。それは、置いて行くお金の量。少なければ早く帰ってくる。多ければ当分は帰ってこない。そう想像できるだろう。まぁー早くても2ヶ月くらいなのだが、遅いと半年は帰ってこない。そんな生活を…、彼女は2年間過ごしてきた。
「…」
その笑顔に、2人は強ばった顔をした。
「どうぞ。中へ入ってください」
そう言って、中へと手で合図した。
「うん」
そう答えて、2人は家の中へと入って行った。
部屋は、2畳一間の小さい家。二階もなく、ただの平家。まぁー2LDKのアパートみたいなものだと、考えてもらった方がいいだろう。
「はい」
メサイアは2人にお茶とお菓子を出した。
「あ!お構いなく」
なんて、とりあえず決まり文句を言いながらも、リウスは茶をすすり、お菓子を食べ始めた。
「今の言葉に、偽りありだぞ。おまえ」
そう言うフューラ。フューラはリウスのペット兼友達。神聖動物らしいが、全然そんな感じはしない。
「気にしない、気にしない。あむあむ」
お菓子を頬張りながら言うリウス。その姿はとても17歳とは思えない。昔からお菓子好きなのは変わっていない。
「うふふ。いいのよ。いっぱい食べて。まだまだあるから」
少し笑って言う。そりゃー笑わずにはいられないだろう。この表情を見たら。
「もう少し遠慮しなさいよ!」
頭をばしっと叩くウィッチ。少し顔が赤らめている。どうやら恥ずかしいらしい。(だろうな)
「いいのよ。気にしないで」
にこっと笑って言う。
「でも…」
もう脱力している。こうやって言ってる間にも、お菓子が入ったお皿はもぬけのからとかしていた。
「…馬鹿」
思いっきり漢字の馬鹿と発音し頭を叩く。
「あた。なんだよ。そんなに叩くなよ。バカになるだろう」
「それ以上馬鹿になるか!!」
ウィッチとフューラの2人で同時に言った。
「な…なんだよう…」
さすがのリウスも少しひいたようだ。
「ふふ…」
おもわず笑ってしまうメサイア。まぁー笑うな!って方が難しい。
「あ…」
その笑いにリウスが最初に気付いた。
「メサイア…」
そしてウィッチ、フューラも。
「あ…ごめんなさい。本当に仲良いよね。3人は」
まだ少し笑っている。
「こんなやつと一緒にするな!」
びしっと2人?いや1人と1匹は声を合わせて言った。
「なんだよう…」
むぅーっと膨れるリウス。
「ふふふふ…」
また笑いが込み上げる。この2人?もいいコンビだ。
「よかった。笑えるようになって…」
小声でフューラに話しかけるウィッチ。
「うん」
フューラもメサイアを見つめてそう言う。
「最初のうちは、笑いもしなかったから、どうしようかと思ったけど、なんとか大丈夫みたいね」
微笑してて言う。
「うん…」
その時を思い出し、複雑そうな顔をしながら答えるフューラ。
この声はメサイアには届いていない。今、メサイアはリウスと話している。とても楽しそうに。昔のメサイアなんか、微塵も思い出させない。
そういう風に振る舞っているようにも見えなくないが…。
あれから2時間という時間が経過していた。楽しい時間は短く、早く終わってしまう。
「うん。また遊びに来てね」
微笑みながら見送るメサイア。その笑みには、少し淋しさが混じっているような気がするが、それは誰にも気付かれるようなものではなかった。
いや、気付けるようなものではなかったと言うべきだろうか…。
「うんじゃーまたねー」
ウィッチが手を振る。
「バイバーーーーーイ」
リウスは大きく手を振った。
「じゃーね」
メサイアも手を振る。そして、彼等の後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた…。
「ふぅー」
一息ついて部屋へ入り、重々しく扉を閉める。楽しい時間はあっという間に終わってしまう。
「さて、何をしましょうか」
それでも、淋しそうな顔はほとんど見せずに、すぐに切り替える。なにも、誰もいない所で強がらなくても…と思う人もいるだろう。でも、それが彼女なのだ。
「洗濯は明日しよう。今日はもう陽が影ってしまったわ」
残念そうに空を見上げ、窓を閉めた。
「明日、晴れたら布団でも干そうかしら」
にこにこ笑いながら楽しそうに言う。きっと、頭の中ではいろいろなことを考えているのだろう…。
「今日の御飯は、筍御飯にでもしようかな」
そう言ってお米を出し始める。これは、バズラの好きなもの。今までパン系しか食べなかったメサイアが、バズラの一言で、御飯系に変わってしまった。
毎日洗濯するのも、布団を干そうなんて考えるのも、バズラの好きなものを作ろうなんて考えるのも、全て、いつでもバズラが帰ってきてもいいように…。全て、彼女の全てが、バズラ中心で回っているのだ。
どんなときでも、他人の事を思い、自分を犠牲にしてでも、他人の幸せを願う…。それが彼女、メサイアなのだ。だから、バズラがどこへ行こうとも、引き止めもしない。
それはいいことなのか、悪いことなのか…。
あなたは…どっちだと思いますか?