魔法使いが人間になれた日まえがき
 

第ニ章  少年

 それから、2ヶ月という月日が流れた。短いようで長いそんな月日だと、毎回感じている彼女。それでも、きっと長いと感じるんだろうな…。
「バズラさんが…いなくなって…3ヶ月かあ…」
ふと椅子に座りながら口を開く。
 こんな月日を過ごしていると、時間の感覚や季節の感覚なんか変になってくる。気付けば1ヶ月なんてざらだろう。それでも会えない日は辛い…。それだけ好きなのだ。それだけその人の事を愛している。それでも会えない。まるで、織姫とひこ星のようなものだと思ってもらえればいいだろう。あれにもの凄く近い。
 人の事を思い、自分の幸せを後回しにする。いや、彼女の場合は自分の幸せなど願ってもいないのかもしれない…。彼が…バズラが幸せであれば…。
 この言葉は、告白した時の言葉だ…。今となっては、その言葉は後悔へと変わっているんじゃないだろうか。いや…きっと彼女はそんなことも思っていないのだろう。嫌われる事を第一に嫌っている。あなたに愛されるためだけに…。
「バズラ…さん…」
ふと漏らすその言葉は、とても擦れそうで、今にも消えてしまいそうだった。
 そんな空気が、たった一瞬でかき消された。そう、扉を思いきり開ける音で…。
「!?」
パッと扉の方を向く。
「よっ」
そこには、期待した通りの人が立っていた。
「バズラさん!!」
がばっと立ち上がってすっごく喜んだ。あまりの喜びように、自分で恥ずかしくなってしまうくらいだ。おもわず顔を反らしてしまった。
「ふ…ただいま。メサイア」
少し微笑しながら、メサイアに話しかけた。
「あ…おかえりなさい」
少し顔が赤らめている。
「ひさしぶり。元気だった?」
家に入って、ドアを閉めながら言う。
「えー。バズラさんも元気そうで、何よりです」
にっこり笑って言う。
「はぁー…」
その笑顔に少し戸惑いを覚えるバズラ。かける言葉が見つからなくなってしまった。
「どうしたの?そんな所に突っ立って」
にこにこ笑いながら言うメサイア。本当に嬉しくて、笑顔が絶えない。
でもそれがバズラを行動に移させていないとは、メサイアは知るよしもない。
「いや…べつに…」
久しぶりに会ったせいもあるが、笑顔だけで顔が赤くなるとは…。
「もう20歳になったっていうのにな…。メサイアには適わねーな」
ふと小声で呟く。
「え?なんか言った?」
ぱっと自分の方を振り返られたバズラ。
「あっ…いや…なんでもない…です…」
喋り方が変になる。
「ふふ。変なの」
そう言うと、くるっと向き直って、台所へと向かった。
「やば…」
そう呟くと、自分の部屋へと入って行った。
「やった。バズラさんが帰ってきたわ。今日はいっぱい、バズラさんの好きなもの作らなきゃね。布団も干したし、洗濯もしたし。タイミングいいわ」
本当にすっごく嬉しそうに笑うメサイア。この笑顔なら、誰だってときめくだろう。
「あ!でも、このままだと、寝ちゃうかなーバズラさん」
少し残念そうな顔をする。そう、ここまで戻ってくるのも大変なのに、
今まで旅をしたんだから、疲れていてあたりまえだ。自分の家に戻った時くらい、ぐっすりと休みたいだろう…。
「…また、気付かないうちに、明日には居なくなっちゃうのかな…」
ぴたっと作業していた手が止まる。
「いや、今回はもう少しここにいるつもりだけど?」
後ろから声がして、ぱっと振り返る。
「バズラさん!?」
今の言葉を聞かれたことと、いきなり表れたことにびっくりした。
「なんだよ…」
こっちも驚く。バズラは、柱に持たれかけて話す。
「あ…いや…その…」
「?」
不思議そうな顔をする。
「いいんですよ」
「え?」
ふと口を開くが、小声で聞き取りずらい。
「いいんですよ、気を使わなくても」
「…」
黙って聞いているバズラ。
「本当は、すぐにでも次の旅へ行きたいのでしょう?」
淋しそうにも見えるが、笑顔で言うメサイア。
「…」
ちょっと意外そうな顔をしていたが、特に何かを喋ろうとしているわけではなそうだ。というよりも、その淋しそうな笑顔の方が気になっているみたいだが。
「私のことは気にしないで、行ってきて構わないのですよ」
あくまで笑顔で話すメサイア。その笑顔に少し胸を傷めるバズラ。
「…いいんだよ。今回は」
少し下を向くバズラ。その笑顔を見ているのに絶えられなくなったらしい。
「え?」
言葉の意味が分からず不思議そうな顔をするメサイア。
「いいんだよ。今回は、1週間くらいここにいるって、決めて帰ってきたから」
「バズラさん…」
「それとも、俺がいると邪魔かな?」
少しいたずらっぽい顔をしてメサイアをからかう。
「そんな!そんなこと…ここは、貴方の家なんですから、ゆっくり休んで行ってく
 ださい」
冗談はあまり通じない方だろう。今の言葉を真剣に受け取り、しっかりした答えを返す。
「…う…まぁーそうさせてもらうけどね」
真面目に返され、少し答えに困る。
「…」
「…」
いやーな空気が流れながら沈黙が続く。
「な…なぁーメサイア」
話を反らそうと柱に持たれかけていた体を起こし、メサイアの方へ寄ってきた。
「何作んの?」
メサイアの後ろを覗いた。
「え?」
パッと我に帰る。状況を整理するのに、少々戸惑ってしまった。
「いやだから、何作るのかって…」
「あーえっと…何かリクエストでもあれば…」
そこで言葉は途切れてしまう。
「うー…」
少々考えている様子だが、メサイアはそれ以上何も言うつもりはなさそうだ。
「そうだな。おまえが作るんなら何でもいいや」
そう言いながら笑って、台所から出て行った。
「そっ、そんな…」
少し顔が赤くなる。なんだか肝を抜かれた気分だ。何を言うか期待していたメサイアには意外な答えだったからだ。
「よろしくね」
後ろ姿のまま手を振るバズラ。
「もう」
たった一言でその場の空気が変わった。
「バズラさんには適わないなー」
苦笑しながらもどこか嬉しそうに言う。
 彼女が、いくら悲しくても、どんなに辛くても、バズラの一言で、その感情は嬉しさへと変わる。どんなに息苦しい空気も、バズラならはらってくれる。
 バズラはそういう人。
 どこかカリスマ的で、人を引き付けている。リーダーシップ的な所もあって、とても頼れる。いいお兄さんって感じだ。
「あた!」
どうやらどこかでぶつけたらしい。
「くす…」
おもわず笑ってしまう。そう。こんな風におっちょこちょいな所もあって、落ち着きがなくて。それに甘えん坊な所もある。まぁーそれはメサイアにだけなのだが。この歳になって、さすがに甘えなくはなったが。それさえも、少し淋しいと思ってしまうのは、わがままなのだろうか…、と考えることがある。
「大丈夫ですか?」
少し笑った後、バズラの所へ駆け寄った。
「平気、平気…。はは…」
情けない笑顔で言うバズラ。
「まったく。気をつけてくださいね」
うふふっと笑いながら言うメサイア。
「はい…」
申し訳無さそうに言う。
「うふふ」
笑いながら台所へ戻って行く。
「…」
少し顔が赤い。恥ずかしいらしい…。
「うふふ」
まだ笑いが止まらない。こういう所もバズラ。少しほっとけない。

 「メサイアーあれ?メサイアーー?」
次の日。バズラは朝起きるとメサイアが居ないことに気付いた。
「あっれーーー」
いろいろ考え込む。
「どこ行ったのかなー」
いろいろうろつくが、見つからない。まぁーそんなに広くないから、すぐに家にいないことぐらいは分かる。
「?」
不思議そうな顔して、ピタっと止まった。そしていろいろな事を考える。
「ずっといれば、どこに行くかくらい、分かるのかな…」
ふとそんな事を思う。
「…やば。こんなこと、あんま考えなかったのになー」
はっと気付いて頭をがしがし掻いた。久しぶりに帰ってきて、なんだか自分が変だと感じる。
「いつもと違うもんなー…」
そう、いつもいない人がいる。しかも、彼女なわけで。緊張してる部分もあるのかもしれない。
「…」
どんどん顔が真っ赤になる。
「やば…」
おもわずその場に座り込んで膝に顔を埋めた。もう顔は真っ赤。
 そんな時、ドアが開く音がする。
「!?」
ばっと顔をあげるバズラ。
「あ…お目覚めですか?」
にっこり笑って、バズラに視線を落とした。
「え…あ…はい。お目覚めです」
「え?」
変な言い方に少々笑いながら戸惑うメサイア。
「あ!いや…はい」
もうダメ。顔が真っ赤になって、また顔を膝に埋めた。
「バズラさん?」
少し笑いながらしゃがんで目線を合わす。
「なんでもないです」
舌を出して言うバズラ。なんとかこの場を切り抜けたい。ただそれ一身だ。
「くす。御飯食べますか?」
それに気付いたのか、ぱっと立ち上がって聞く。
「はい。食べます…」
しぶしぶ立ち上がるバズラ。
「くすくす」
笑いが止まらない。バズラはただただ真っ赤な顔を隠していた。

 ある日―
「おっじゃましまーす」
リウスがいきなり入ってくる。
「こら!それじゃー不法侵入になるでしょう!!」
後ろから突っ込むウィッチ。
「あいかわらずだな。おまえら」
「その声、バズラか?」
ぱっとフューラが顔を出して言う。
「おう。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「おう。元気だぜ。おまえも元気そうだなー」
すっごく久しぶり。めちゃくちゃ喜ぶフューラ。
「うっわーバズラだ」
珍しい物でも見るかのような言い方だ。
「よう」
「バズラ!もう、毎回毎回どこほっつき歩いてんのよ!メサイア放っといて」
ウィッチが怒る。まるで近所のおばちゃんみたいだ…。
「いやべつに放っているわけでは…」
なんとも言い返しずらい。そう、実は旅には一緒に連れて行くとか言ったくせに、完璧の置いてけぼりを食わされているメサイア。約束破りもいい所だ。
「ったくー」
「まぁーまぁー。どうぞ座ってください」
メサイアが止めに入る。いきなり表れて説教されちゃーバズラもたまらない。
「メサイアも甘いよ。もう。そんなにお人好しだからバズラに利用されちゃうんだよ」
「利用っておい!」
突っ込んだのはバズラだった。まぁたしかに、利用しているわけではないだろうな。
「もっと、繋ぎ止めておかなきゃ!」
「はぁー」
なんかもう、ウィッチのペースに押されてしまう。
「えーいメサイアに変なこと吹き込むな!」
バズラが慌てて阻止する。
「あたりまえのことを教えてあげてるだけです」
嫌味ったらしい言い方。
「こいつしばらく見ないうちに嫌な性格になったな」
リウスに話しかけるバズラ。
「はは…」
なんとも言えない感覚に襲われるリウス。
「ふふ」
そんな光景に、笑みを浮かべるメサイア。この時、こんな日々がずっと続けばいいのになーっと思っていた。
 でも、楽しい日々は永遠には続かない…。