『………キー』 誰の声だ―――― 『早……来い!!…いてくぞ!!』 小さな子供が、誰かと森の中を駆け回っている…。 子供の頃の…俺…なのか? 誰だ…。 霞がかったように、顔も、名前も、思い出せない…。 一枚の思い出 第1話 「…っ」 めったに夢なんか見なかった。 「…」 「…ふぅ」 今日は、久々の休みだ。 この機会に、読み終えていない本でも読むか…。 「……っ」 昨日、部屋の片付けをして見つけた、古いアルバム。 もともと、写真は好きではない。 やることなすこと、言われること全てが気に食わなくて、いつも、何かに腹を立てていた。 「…若かったなぁ」 俺を…俺として愛してくれた…あいつのおかげで…。 「…はぁ」 どこに入れておくか…。 「…そうか…」 「…確か…」 箱の中身は、子供の頃に読んだ絵本。 「あれ?これ、グリーンだよね…」 アルバムに入っていた写真よりも、さらに色褪せ、いくらか変色している。 「…グリーン?」 あいつの声が遠い。 何かに、意識が乗っ取られていく…。 写真…。 「……グリーン?」 さっきのアルバムには、おかしな空白があった。 勝手にそう思うくらい、俺の何かが、何かに乗っ取られているような、気がした…。 「…」 何故、これらの写真だけが別にされたのか。 何のために? その写真に、俺と一緒に写っているそいつは…誰なんだ…。 シジマ先生のところに修行をしに行ったのは、こんなに記憶がおぼろげになるような年齢のときではない。 となると、考えられるのは、故意的にその記憶だけを消したということだ。 何故? 「…っ」 その目…どこかで見た気がする…。 なんだ…。 頭が、急回転するような衝撃。 「うっ」 2007年6月26日 Continued
一緒にいるのは…誰なんだ…?
いつもより、瞼の開きが重い。
時間を確認すれば、いつも起きる時間より、15分ほど進んだ時間を、時計が示していた。
「…夢?」
たとえ見たとしても、こんなにも強烈に残る夢を、見た試しはない…。
いつもより重く感じる体を起こし、カーテンを開ける。
着替えて下へ降り、洗面所で顔を洗い、姉さんの用意してくれた朝食にありつく。
いつもと変わらない日常。
それを、俺は繰り返した。
食後のコーヒーを飲み終え、自分の部屋に戻る。
体が重いのも、連日の仕事での疲れだろう…。
いや、その前に昨日片付けて中途半端になっていた、本棚の整理からはじめるか…。
俺は、机の上に置かれたものを見て、ふと気づく。
ぱらりと適当なページを開けば、少し色褪せた写真の数々が、目に入った。
ちょうど、シジマ先生のところへ修行に出ていた頃の写真だ。
どれも、仏頂面で写っていて、苦笑が浮かんだ。
特にこの頃は、全てにおいて反発しかしていなかったような気がする…。
俺の存在をかき消すおじいちゃんも、そのおじいちゃんが有名になった原因のポケモンも、そのポケモンを仲間にしているトレーナーも、俺のことをオーキド博士の孫としか見ない奴らも、世界も、何もかも…全てに苛立ち、全てを憎み、全てを恨み、全てに負けた気分でいた…。
そんな言葉で片付ける。
そう言うほど、年をとってはいないが、そう言えるほど、過去のことにできるようにはなっていた。
俺を、俺個人として認めてくれた、シジマ先生のおかげで…。
俺を、仲間や友達だと認めてくれた、みんなのおかげで…。
ぱたんっとアルバムを閉じ、本棚に近付く。
そもそも、どこにあったんだろう…。
俺も初めて見たアルバム。
こんな写真があったんだな、と驚いたくらいだ。
その衝動が、夢に影響を与えたのではないだろうかと、ふと思い立った。
本棚の上に乗せた箱には、古いものをまとめて入れてあったような気がする。
軽く背伸びをして箱を取り、床に置こうした瞬間、
「グリーン!!!」
「うわっ!!!」
後ろから何かに抱きつかれたのと、持っていた箱を落とし、中身をばらまいたのがほぼ同時だった。
「あ、ごめん」
「ごめんじゃない!危ないだろうが!!いきなり抱きつくなとあれほど言っただろう!」
おまえは何度言えば分かるんだ。
割れ物や壊れ物が入ってるわけではなかったようだから良かったものの、この散らばった本や紙類をどうしてくれよう。
「ごめんごめん、手伝うよ」
ブルーは散らばったもの達の前にしゃがみこみ、1枚1枚、1冊1冊拾い上げる。
「当然だ…ったく…。つーか何しに来たんだ」
俺はうんざりしたようにため息を吐き、拾ったものを箱の中に積めていく。
どのみち片付けるために中身を出すつもりではいたが、こんなにばらばらになっては片付けるのがめんどうだ。
だいたいにして、なんでおまえがここにいるんだ。
「…ん?グリーン久々の休みでしょ?デートでもしようと思って」
にっこり笑顔でそう返される。
「あいにくだが、誰かのせいで散らばったものの整理と、本棚の片づけがあるから無理だ」
「うっ」
いつもなら駄々をこねるところだろうが、その「誰か」が誰なのかを分かっているのか、一瞬のしかめっ面の後、彼女は渋々片付けのために手を動かす。
「ふぅ」
俺はその様子を見て一息吐くと、拾った物を箱に入れた。
おじいちゃんにもらった古ぼったしい本。
記憶にないものから、懐かしいものまで様々なものが箱には入っていたようだ…。
そんな中で、ブルーが数枚の写真を見つけ出す。
「あ?」
俺は片付けの手を止め、彼女の拾い上げた写真を見た。
「…子供のときの、グリーン?」
あげく、自分の隣にいるやつが誰なのか、判別できないほどはじからぼろぼろになっていた。
この写真は、俺の顔を見るかぎり、時期はシジマ先生のときのものだろう。
あの、アルバムにあった写真と、同じ時期に撮られているのだけは確かだ、とそう感じた。
あの、修業時代の写真。
俺が開いたページまでは、規則正しく写真が入れられていた。
なのに、シジマ先生のところで撮られたらしい写真のページには、あからさまにおかしい空白があった。
あきらかに、誰かが故意的に写真を抜いたような空白。
それが、この写真だったんだ…と何故か頭が勝手にそう思った。
写真は、大勢で写っているものもあれば、二人で写っている写真もある。
だけど、どの写真もその一部だけが、見えづらくなっていた。
故意的に傷をつけて、見えなくさせているように思える…。
心なしか、普通の写真よりもぐちゃぐちゃなような気がした。
何故、これらの写真に写っている、おそらく同一人物であろう者が、ことどごく消えているのか…。
いや、消されているのか…。
どうして?
夢に出てきた、思い出せないあいつと、同じなのか…。
そもそも、あの夢は現実だったのか…。
夢の中だけの世界だったのか。
それにしては、やけにリアルで、どこかで見たことがあるような、そんな感覚。
何のために。
ずきっと頭が悲鳴を上げる。
「グリーンっ?!」
ブルーが、心配そうに俺を見上げた。
いつも、心配そうに、不安げに俺を見ていた。
なんだろう…。
今まで使われていなかった機能が、フルに活動するような、そんな感覚。
ないものを無理矢理作り出すような、開かないものを無理矢理開けようとして、変に力がかかって痛い思いをするような。
そんな、痛み…
「グリーンっ!!」
俺は、ブルーにもたれるように、その場に崩れ落ちた。