一枚の思い出 第2話 「うっ…はぁはぁっ」 苦しい…。 なんだ…なんなんだ…。 俺は、何を忘れているんだ…。 写真の中の、消し去った記憶。 何のために消し去った。 「ぐっ…」 「はぁはぁっ…はぁ」 消え去った、忘れたということは、あの当時の自分には、受け入れられないほどのことだったということだ。 そんな思い出なら、思い出さない方がいいのかもしれない…。 過去の自分が受け入れられなかった何か…。 「…グリーン…どうしたの?…大丈夫?」 誰かのぬくもりの感触。 昔にも、こうして安心した記憶がある。 何か大切な、すごく大切だった何かの…記憶…。 本当は…忘れたりなんか…しちゃいけなかったはずの…記憶? 「…グリーン」 昔の自分には、受け入れられなかった何か…。 あのときのように、一人じゃない。 過去を受け入れてなお、今よりももっと強くなれるように、俺は、これを思い出す必要性が、あるのかもしれない…。 「…はぁ」 1枚、1枚と空白がうまり、記憶のカケラが、ひとつひとつ結ばれていく。 「…っ」 でも、その厚さの正体は、もう1枚の写真が、折りたたまれて中に入っていたせいだった。 頭のリミッターが、駄目だと俺の手を止めようとする。 無理に動かせば、体が軋むように苦しくなる。 「…あたしが…開こうか?」 でも、俺が…俺が開かなきゃ…いけないんだ…。 「…ポケモン?」 それは、シジマ先生のところにいたときの俺が、俺と同じくらいの背丈のポケモンと、一緒に写っている写真だった。 「グリーン?」 そうだ… そうだ…… そうだった…。 こいつだ…。 こいつが…ずっと、ずっと…俺のそばに…いてくれていたんだ…。 唯一、俺をおじいちゃんの孫としてではなく、グリーンとして、最初に接してくれた、友達。 そうだ…思い…出した…。 2007年6月27日 Continued
「グリーンっ!!グリーンっ?!どうしたの?!大丈夫っ?」
ブルーの泣きそうな声が聞こえる。
吐き気がする。
頭が痛い。
無理やり頭の中身をかき混ぜられるような痛み。
俺は、いったい何を消し去ったんだ…。
夢に見た、あの頃の記憶。
何のために…。
「グリーンっ!!!」
思い出そうとすればするほど、頭が軋む。
リミッターをかけているみたいに、その記憶だけが呼び出せない。
落ち着け俺。
落ち着いて物事を考えろ。
それだけの衝撃、それだけの嫌な思い出…。
実際、今の今まで思い出さなくても、なんの問題もなかった…。
ならば、こんな苦しい思いをしてまで、思い出す必要性があるのだろうか?
消え去ってしまうほどの何か…。
泣きそうな顔で俺の顔をのぞき、そっと頭を撫でてくれる。
一人じゃない感覚。
おじいちゃんでも、姉さんでも、シジマ先生でも、ほかの記憶に残る誰でもない。
誰か…記憶にない誰かのぬくもりを、感じた感覚だけを、覚えている。
忘れてしまった、大切だった何かの…記憶…。
そっと頬に触れられ、優しいキスをされる。
額にぬくもりを感じ、優しく抱きしめられる。
今の自分も、受け入れられないとは限らない…。
あのときのように、弱くはない…。
彼女のぬくもりにほっとして、力を抜くように息を吐く。
「…大丈夫?」
「あぁ」
優しく彼女を撫で、あのアルバムを開き、ぼろぼろの写真たちを、アルバムに入れていく。
覚えていないはずなのに、アルバムには、順番通りに写真を入れられた気がした。
全てを入れ終わると、手が震えていたことに気づく。
「…」
ブルーは、無言で俺の手を握ってくれた。
「…昔…」
声まで震える。
「…うん」
そんな情けない俺を笑わずに、彼女は優しく、相槌を返してくれた。
「…昔…シジマ先生のところにいたときに、誰か…誰かがいたんだ…」
アルバムのページを、ゆっくりと開いては、また戻す。
「…うん」
「…俺…あのときはずっと…おじいちゃんの孫だって、言われるのが嫌で、シジマ先生のところに逃げ出して…一人で…分からない何かと…戦ってた…」
また1枚、ページをめくる。
「…うん」
「でも…結局その何かには勝てないままで、ずっと、負けた気がして…自分を鍛えて、自分を強くして、負けないように、頑張って…。でも、結局、事実から、逃げ出してるだけだったんだ…」
ページを、また1枚とめくっていく。
「……うん」
「…俺は結局、弱い…自分のままだった…」
アルバムの、最後のページをめくった。
「…うん」
「…でも、誰かが…誰かが俺を、俺として見てくれて…いたんだ………っ」
俺は、最後のページに、違和感を感じる。
「…うん」
「見てくれて…いたはずなんだ…」
最後に入った写真が、なぜか無駄に厚くて、その写真を取り出してみる…。
そこに入っていた写真は、何の変哲もない、おじいちゃんと、姉さんと一緒に撮った写真だ。
厚さも普通で、ほかと何も変わらない写真だった。
それを見てはいけない。
それに気づいてはいけない。
そう言うように、俺の動きを止めようとする。
息が、うまく吸えなくて、代わりに、体の中身が出ていきそうになる。
俺の苦しそうな表情に見かねたのか、心配そうに彼女は聞いてきた。
「…いや…俺が…開く…」
声が震える。
吐きそうで、痛みに負けそうで、苦しくなる。
俺が…
彼女が、不思議そうに俺を見る。