一枚の思い出 第3話 『ついてくんなって!!おまえなんなんだよ!!俺はポケモンなんか、大っ嫌いなんだ!!!』 「…グリーン?大丈夫?」 そうだ…思い…出した。 「…グリーン?」 「……」 「…俺は、オーキド博士の孫っていう名前が嫌で、この、マサラタウンから、シジマ先生のところへ、逃げ出したんだ」 でも、どこへ行っても、俺の名前は変わらなかった。 俺がすごいんじゃない…。 なんでみんな、俺をオーキド博士の孫だと、フィルターをかけるんだろう。 どうして…。 「…っ…グリーン?」 「まだ、ポケモンを持てなかったあの頃は、俺には何の力もなくて、技術も、能力も、知識も、何一つなかった…。ただ、オーキド博士の孫っていう地位だけが、俺を有名にしていた。俺自身は、何にもできなかったのに…」 あの頃の俺は、おじいちゃんが嫌いで、おじいちゃんの孫という自分が嫌いで、おじいちゃんの孫としてしか見てくれない周りの人間全てが嫌いで、おじいちゃんが有名になったポケモンが大嫌いで、そのポケモンを持っている、トレーナーが大嫌いだった。 でも、シジマ先生は、俺を俺としてみてくれた、唯一の大人だった。 でも、やっぱり俺を俺として認めてくれたのは、シジマ先生だけだった。 何もできない俺を、人はオーキド博士の孫のくせに、と呟いた。 何をしても消えない、レッテル。 俺は、そのジレンマに、どんどん突き落とされていった。 「…あいつに…会ったのは、このときだった…」 俺はいつも、何か嫌なことがあると、ジムの裏手の山へと逃げ出していた。 そのときだった。 「シジマ先生のジムの周りは山で、俺はよく、その山へ逃げ出していたんだ。そいつは、その山に住んでたポケモンで、俺がそこで修行をしたりするのに、興味を持ったみたいで、よく、俺の後をついて歩いてたんだ…」 『ついてくんなって!!おまえなんなんだよ!!俺はポケモンなんか大っ嫌いなんだ!!!』 そう言って、何度も走って逃げた。 何度も何度も勝負をして、何度も何度も負けて、あいつは遊んでるつもりだったみたいだから、それが余計に腹立たしかった。 それからは一緒に修行をして、一緒に飯を食って、一緒に勝負して、一緒に遊んで…。 「ずっと…ずっと一緒にいて、同じことをして、同じ時間を過ごしていた…」 あいつだけが、俺を俺として見てくれた。 「…なんで…なんで忘れちまったんだろうな…」 俺は、忘れたんだ…。 唯一、俺を、俺として見てくれたあいつを。 俺は、なんのためらいもなく、消し去ったんだ…。 2007年6月27日 Continued
「…っ!?」
彼女が俺の頬を撫でるぬくもりに、我に帰る。
あのとき、ずっと、一緒にいてくれたポケモン。
「…あぁ…大丈夫だ…」
俺は本棚にもたれかかり、額に手を置いて息を吐く。
うっすら汗を感じる。
冷や汗を、かいていたのか…。
彼女は、心配そうに俺を見上げた。
「…昔の…話をしようか…」
「え?」
「俺が…シジマ先生のところにいたときの…話…」
心配そうに見つめてくる彼女を、優しく撫でて苦笑する。
「…うん」
彼女も、少し笑みを返してくれた。
みんな、オーキド博士の孫だと呼び、持て囃して、妬んで…。
俺が悪いんじゃない…。
なんで、誰一人俺を俺として見てくれないんだろう…。
しばらく喋ったところで、言葉につまると、心配げに彼女が俺を見上げた。
「…あぁ…悪い」
彼女の頭を優しく撫でる。
「…苦しいなら…無理に話さなくてもいいよ?」
彼女は、そっと俺の手を握ってくれた。
「いや…聞いて…ほしいんだ…」
昔の自分を。
今の自分を。
そして、今の自分がある、あいつのことを…。
ぎゅっと、彼女の手を握り締める。
例に漏れず、俺はシジマ先生も嫌いだった。
大人が、大嫌いだった…。
容赦ない言葉、容赦ない態度。
分け隔てない扱い。
初めてのことに、俺自身戸惑うこともあったけれど、それでも、マサラにいるときよりは、ずっと心地が良かった。
同じ門弟も、俺からは距離を置いていた。
近づいてくる奴等は、名声にあやかりたくて。
離れている奴等は、妬み蔑む声を囁いた。
門弟だけじゃない、町の住人たちも同じように…。
少し抜きん出たことができても、さすがはオーキド博士の孫だ、と賞賛した。
何をしても認められない、俺という個人。
がむしゃらに走り回り、体を動かしてストレスを発散していた。
あいつに出会ったのは。
でも、子供の力と、そうレベルのいったポケモンでは、力の差がありすぎる。
何度振り切っても、どんなに文句を言っても、そいつは俺の後を追いかけてきた。
結局、何度やっても負けるから、悔しくて、俺のが意地になって、張り合いだしたのは俺が先だった。
一緒に、毎日を過ごしていた。
声が、苦しみに重くなる。
「…うん」
彼女は、ぎゅっと、力強く手を握り返してくれた。
シジマ先生も、確かに俺を認めてくれたけど、おじいちゃんを知ってる人だ。
どこかで、比べられているような、そんな気がしていた。
でも、こいつはおじいちゃんを知らない。
こいつには、名声を欲しがる理由もない。
俺を妬み、罵る理由がない。
何より、罵る言葉を知らない。
純粋に俺と接して、純粋に俺だけを見てくれる。
こいつといるのが、すごく、すごく幸せだった。
声が震える。
「…」
「あんなに…幸せで…あんなに…大切に…してた…はずなのに…」
消し去ったんだ…。
あの幸せな日々を…。