一枚の思い出 第5話 「俺は、そのまま気を失って、気づいたら、シジマ先生の家にいたんだ…」 体中に痛みはあったが、動かせないほどではなかった。 ぼーっとする頭を無理やり起こして、痛む体を引きずって、俺は廊下を歩いた。 あいつは…あいつはどうなったんだ…。 「…」 『おそらく、グリーンを助けて落ちたかと…』 廊下で聞いた言葉は、絶望的な言葉だった。 あいつが…あいつは…死んだのか…? 死んだ…。 俺を…俺を助けて…。 俺の…せいで…。 俺の… 「俺の弱さが、あいつを死なせてしまった…。俺のせいで、みんな…傷つけて…迷惑をかけて…」 なのに、なのに俺は… 「…その後、俺がどうしたと思う…」 あいつとの思い出を、あいつとの記憶を、俺の中から消し去った。 俺のせいじゃない。 そう言い聞かせて、あった事実を、全て消し去ったんだ…。 あいつと出会わなければ、苦しみも、悲しみも、期待も、何もかも、感じなくてすむと思ったから…。 俺の中から、あいつの全てを、消し去った。 「…あいつの死を、受け止めきれずに、忘れることでしか、俺は先に進めなかった。シジマ先生も、あいつのことには触れなかったし、俺もそれでいいと思った。そう、それでいいと…思ったんだ…」 「ひどいよな…。あれだけ、あれだけ一緒にいて、都合が悪くなれば存在自体を消し去る。俺を守るために、自分を犠牲にしてくれたのに、俺はそんなあいつを、消し去ったんだ…。自分のために、自分がこれ以上傷つかないために、あいつの存在を、消し去ったんだ…」 最悪だ。 「…ひどい…とは…思わないよ?」 忘れたことで、俺はあいつの死さえも悲しむことはなかった。 「…ねぇ…どうして写真が残ってるの?」 いつか、思い出すつもりだったのか…。 最後のページにあった写真は、おそらくシジマ先生が残したものだろう。 「そのとき忘れてしまっても、グリーンは今、思い出したじゃない…。ちゃんと、思い出して、後悔して、悲しんだ。それだけで、その子は十分だと思うよ…」 今…もう、10年近く経ってしまったけれど、思い出したよ。 許して…くれるだろうか…。 「………っ」 あのとき、流せなかった涙。 今、涙を流すから…。 どうか…どうか…許して… 「…今度、一緒にお墓参りに行こうね…。それで、ごめんねって、ありがとうって…伝えに行こう…」 もう、俺は大丈夫だ…。 おまえを、受け入れるだけの、強さを、やっと手に入れることができた。 会いにいくよ。 ごめん…ありがとう……… バルキー…。 2007年6月27日 Continued
窓の外は明るくて、朝が来て、晴れたんだと、気づいた…。
廊下を歩くたびに感じる痛みが、自分が何をして、自分がどうなったのかを、鮮明に思い出させてくれた。
あいつは…
そこで、言葉を止める。
「…グリーン?」
彼女は、不思議そうに俺を見上げた。
「…あいつは…」
『……そうか…』
『どう、グリーンに話しますか?』
『…まだ、現実を受け止めるには、あまりにも幼すぎるな…』
俺は自嘲的に笑みを浮かべた。
「え?」
「俺は、あいつと撮った写真をアルバムから抜いて、あいつの顔に傷をつけて、あいつの存在を、俺の中から消し去ったんだ…」
自分の弱さを認めたくなくて、自分のせいにしたくなくて…。
俺のせいなんかじゃない。
俺は悪くないっ。
俺は、弱くなんかないっ。
自分の弱さを、認められずに、あいつの全てを、消し去ったんだ…。
あいつを忘れることが、俺にとって、最善のことだと、そう思っていた。
なんて最悪な人間なんだろう。
自分のせいで、あいつは巻き込まれただけなのに。
あいつは犠牲者なのに、俺は、自分のために、あいつの全てを、消し去ったんだ…。
「っ…」
「だって、それが、そのときのあなたにとっては、最善のことだったのでしょう?」
優しく頬を撫で、微笑みを向けてくれる。
「そうだったかもしれないがっ、それでも、助けてくれたのに…忘れるなんて…っ」
そんな、そんなひどいこと…
「もし、あたしがその子だったら、あたしはあなたを恨んだりなんかしないよ?ひどいなんて思わないよ…。あたしのことを思って、悔やんで、苦しんで不幸になっていくよりも、あたしのことを忘れることで、幸せになれるなら、仕方ないって思える。そのことで、恨んだりなんか…しないよ…」
優しく、俺を抱きしめてくれるぬくもりが、痛い…。
「…でも…俺の…せいなのに…俺が…あいつを…殺したのに…」
恨まれないはずがない。
俺があいつを殺したのに、肝心の俺が、そのことを忘れてしまうだなんて、ひどすぎる。
涙ひとつ流さず、悲しみすら、あいつの存在ごと消し去った。
「…え…」
何を、言い出すんだ…。
「本当に、全てを消し去るつもりなら、写真をぐちゃぐちゃにするんじゃなくて、そのまま捨てたって、良かったんだと思うの…。それでも、どんな形でも、この写真を残していた…。それって、いつかは思い出してあげるつもりだったんじゃないの?そのときは受け入れられなくても、いつかは、受け入れられる日が来るんじゃないかって、思ってたんじゃない?」
そっと額を合わせて、笑みを浮かべてくれる。
受け入れられる、そのときのために…。
でも、それ以外の写真。不必要に空白のあったアルバム。それらは、未来の俺のために残した、メッセージだったのか…。
あいつのことを、思い出すことを、過去の自分は、未来の俺に、託したのか…。
そして、今だからこそ、受け入れることができた。
忘れた俺を、あのとき、受け入れられなかった俺を。
今の俺に免じて、許して…くれるだろうか…。
涙が…頬を伝う。
あのとき、感じなかった悲しみ。
今、悲しみを感じるから…。
今、あのときの弱さを、受けとめるから…。
今、後悔をばねにして、より強く、生きるから…。
ぎゅっと抱きしめてくれた彼女も、一緒に泣いてくれる。
「あぁ…」
あのときみたいに、一人じゃない。
「ごめん…助けてくれて、ありがとう」って、伝えに、必ず行くから…。